複雑・ファジー小説

Re: The world of cards 10/06更新 ( No.65 )
日時: 2012/10/07 21:55
名前: 柚子 ◆Q0umhKZMOQ (ID: iAb5StCI)

第六話『そして影は動き出す』

 
「どうしてお前達は、脱獄者二人を見つける事が出来ないんだ!」

 バン! と柔らかい皮膚と堅い木製の机が反発しあう。大食堂のように長く黒い机の周りに、こげ茶色で革製のチェアが十四つ並んでいた。声を荒げた男の前には、武装した男女が七名“休め”の形で話を聞く。
 目元が黒のゴーグルで隠された彼らの表情が見えないことを、また男が苛ついた口調でいちゃもんをつける。

「我々が、特SSランクを付けた現時点で最強の能力者たちだぞ! それが、何故。何故、たった二人に手こずる事がある!?」

 苛立ちを抑えるように、背中に外を従え椅子に座る。眉間と額には、くっきりと皺が映し出されていた。無表情だった彼らの一人が、チッ、と舌打ちをする。
 男が「なんだ」と言う前に、舌打ちをした一人が口を開いた。

「そりゃ苛々するんも、オレはわかるで? じゃけぇ、オレらに特SSだかを付けたんは、あんたら政府だろ。
 それを俺達に押し付けてんじゃねぇよ。脱獄者なんざ、あんたらに政権移りよる事になった時から増えているじゃろう」

 どこ出身の人なのか、まるで分からない男の言葉。色々な地方の方言が入り乱れている事だけが、頭を抱えていた男に分かった。徐に、不思議な言葉を話す男が、頑丈そうな黒のヘルメットを外す。
 中から出てきた美しい髪色に、部屋の隅で静かに立っていた男の秘書と思われる人間が、息をついた。首下までの群青色をした髪が、現れる。一つのくすみもない、根元から先端まで綺麗に染まった群青色。
 
「オレは、一つ言わせて貰うと特SSなんちゅう特異な能力は持っとらん。欲しても無い」

 詰まらなそうに口角を上げ、男の秘書と、男を一瞥してから口を開いた。

「お前が、国を治めよる総理だから従っとるだけじゃ。オレが死なんことは、分かっとるやろ?
 殺戮センスは無(ノ)うても、オレはお前から、この国の事情を公言したまま姿をくらませられる」

 その言葉に、他の武装した彼らと首相に、首相補佐も息を呑んだ。武装した彼らは、雇い主を馬鹿にするのも大概だと、自尊心を壊しすぎている。小さく隣の者に、そう伝達している。
 首相補佐と首相は、目の前の男が何を言っているのか理解していない。否、理解していないのではなく、理解するのを拒否しているように思えた。

「境地 直弥(キョウチ ナオヤ)、少し口が過ぎるんじゃないの?
 私たちの不満だけで良いって言ってるのに、何変なこと教えちゃってんの」

 直弥。そう呼ばれた、群青色の髪をした男は声を出した女を振り向く。低身長だが、それなりに大きい胸が印象的な女。直弥の二年前に特SSと付けられた、初めての女性能力者だった。
 直弥と違うのは、能力の種類だけで強度などに大差はない。物理攻撃では、男である直弥に軍配が上がるが、特殊攻撃では死なないだけの直弥より、破壊するだけの女の方が一方的な強さを持っている。

「あー、すまんなぁ。口が軽うてな」

 けらけら笑い、直弥は言う。そして首相に向き直って、笑顔を見せた。満面の笑みだが、目元が笑っていない不気味な笑顔だ。相手に恐怖を植え付けるのには十分な、黒い笑顔。

「オレらが逃げてまうんも、時間の問題かもしれんぞ」

 一瞬にして消え去った笑顔の後で、低くドスの聞いた声が室内を震わせた。

Re: The world of cards 10/08一時保留中 ( No.66 )
日時: 2012/10/10 23:22
名前: 柚子 ◆Q0umhKZMOQ (ID: iAb5StCI)

 首相の座る革製の椅子の後ろから差し込む、眩しいくらいの日の光に首相の頭部の輪郭が照らされていた。てらてらと光る頭皮には、気温によるものではない汗がついている。それを首相は胸ポケットに入っていたハンカチで、せっせと拭う。
 気温による汗ではなく、直弥に国家機密やその他の情報を、白日の下に晒されてしまうのではないか。その疑問から来る冷や汗であると、首相は分かっていた。

 もし国家機密が国民に知れ渡れば、現在の内閣は法と国民の手により罰せられる。北海道アンダーワールド化計画も、権力を行使して無理やりに行ったもの同然であったのだ。
 国務大臣や首相が話し合った結果“別に北海道なら良いじゃないか”。そのくらい軽く、北海道アンダーワールド化計画は、実行された。それを国民や、道民達が聞けば——考えるだけでも、恐ろしい。

「それが、それがどうした」

 首相は強がりにも思える口調で、直弥に言った。直弥は怪訝そうな表情を浮かべる。表面上だけでも国を統率する役割の人間が、自棄(ヤケ)になっているように感じたからだ。 
 首相は、どうにでもなれ、と言いたげに更に言葉を発する。

「私たちが罰せられたとしても、お前達が離れたとしても、私がどんな状態であれお前達は必ず私の元へと戻ってくる。
 それは既に、明白だ」

 一切、直弥や他の国家秘密警察らの方を見ずに首相は言い放つ。今首相は、直弥だけからくる重圧に耐えている訳ではなかった。現在首相補佐兼秘書と国家秘密警察、そして首相がいるこの場の情報が流れるのを、防ぐことも考えている。
 自分の意志を保つことを徹底するため、首相は一度も彼らの方に視線をやらなかったのだ。一度見てしまえば——視線を交差させてしまえば——自分が飲み込まれてしまうのではないかと、不安だった。

 たとえ自分が飲み込まれることはないと分かっていても、彼らを見るのが不安でしょうがない。支配している側の自分が、支配されている側の国家秘密警察らに、逆支配されてしまうのではないかと不安なのだ。

「オレらが、戻ってくるだ? 寝言は寝てから言うべきじゃろう。意味が分からんなぁ」

 ククッと、直弥の口から馬鹿にしたような笑い声が漏れ出た。首相が横目で睨んでも、肩を震わせることを直弥はやめないでいる。現実には有り得ない夢物語が存在することを主張する人を、貶しているような態度だった。
 その事を首相は言及せずに、受け流す。まともに相手をしなければ、この場はしのびきる事が出来ると、首相は考えていた。