複雑・ファジー小説

Re: The world of cards 10/12一保中 ( No.68 )
日時: 2012/10/13 21:36
名前: 柚子 ◆Q0umhKZMOQ (ID: 3mln2Ui1)

 空気の重さに耐え切れなくなったのか、首相は大きな咳払いを二度ほどする。居難い雰囲気に飲まれそうになったのか、現状から抜け出す打開策を導き出したのかは分からないが、国家秘密警察のメンバーら全員を見ながら、首相は口を開いた。

「ところで、境地直弥隊員。あるゲームに参加しているとの情報が、耳に入ってきたのだが……? 
 我々に何か報告しなくてはいけない事が、あるんじゃないのかね」

 先程とは打って変わった、何処か優しげな口調で直弥に問いかける。その態度の変わりように、直弥は驚いた様子だったが、飽きたような表情を見せ乾いた笑いを室内に響かせた。
 そして徐に、厚い防弾チョッキの胸ポケットからダイヤのカードを取り出す。すっと首相が肘を立てている机の上に、トランプを置いた。特に変わった点の見受けられない、マジックで使われるような裏面が赤い格子模様のトランプだ。
 首相はそれを手に取り、なめる様に隅々までトランプを見る。目に近づけたり、遠ざけたり。目を細めてみては、考える表情を見せた。

「なんじゃ、別に可笑しい所はあらんやろう。はよう返せよ」

 直弥が苛ついた口調で首相に言うが、首相は聞く耳を持たず、ただ黙ってトランプを見続ける。鑑定士でないが首相だが、トランプについた指紋から何からを、記憶しているようだ。

「……ゲームでは、実名を名乗ってはいないだろうな」

 確認するように、首相はトランプを返しながら言う。

「当たり前やろーに」

 トランプを受け取り、直哉は言った。其の後で「漆崎 宗勝って名乗っちょる」と付け加える。

Re: The world of cards 10/13更新 ( No.69 )
日時: 2012/11/03 22:29
名前: 柚子 ◆Q0umhKZMOQ (ID: idWt6nD1)

 その言葉に安心したのか、首相は深く長いため息を吐いた。その溜息が実際のところ何を意味するのかは、分からなかったが。首相のてらてらと光る額を照らす後光は、いつの間にか温かいオレンジ色の光と変わっていた。
 
「そろそろ。夏だな」

 首相は椅子から立ち上がり、窓の外を見ながら呟く。秘書は返事をするように、瞼を閉じた。首相は目を細め、眉間に皺を作りながらも外を見る。道を歩く何組かのカップル。女性同士、男性同士のかたまり。彼らを表すのは『幸せ』だけで、きっと事足りるのだろう。
 そう思いながら、首相は胸ポケットから一つの茶色い封筒を取り出した。糊付けされた面には『〆』と書かれている。その字がずれていないことから、誰にも開かれずに首相の下に渡ったことが分かった。

 ピリピリと音を立て、封筒の『〆』を真中辺りで二等分する。中に入っていた三つ折の紙を取り出し、開く。茶色の封筒には、送り主の名前や住所、そういった個人情報は一つも記入されていなかった。なぜかは分からないが、書いていない。

「拝啓。私たちはジョーカーと名乗る者です。ジョーカーと言う名からして、何人かは察する事が出来るのではないでしょうか」

 首相が朗読を始めジョーカーと口を動かした瞬間、直弥の視線が首相の背中を捉えた。殺気などは一切ない。直弥の思考回路のほとんどを埋め尽くしていたのは、“なぜ”という感情だけだった。なぜ、ジョーカーから手紙などが届くのか、と。
 今までジョーカーは、このゲームの最初に諸注意を述べただけで、後は何も作用することはなかった。それが今、なぜ作用しようとする? 同じような疑問がぐるぐると直弥の脳内を駆け巡った。そんな直弥に気づかずにか、首相は手紙の続きを読み始める。

「今回、こういった便りを書かせていただいたのは、貴方のブログを見たからです。あそこで述べていた“脱走した二人”を、私たちジョーカーが知っていると言えば、貴方はどういた反応をしますか?
 まぁ、興味はないんですけど。
 一つ聞きますね、私たちが行っているゲームのある日の出来事を知っているかどうか。東京より西に行った先にある、岐阜県分かりますよね。そこに造られたスーパーAでの、大量殺人事件。犯人に気づかないんですよ。地元の警察たちは——」

 そこまで読み、首相は驚いた表情で紙面を食い入るように見る。読み進め、首相が内容を理解した瞬間から、首相の顔色はみるみるうちに悪くなった。

Re: The world of cards 10/15更新 ( No.70 )
日時: 2012/10/17 22:35
名前: 柚子 ◆Q0umhKZMOQ (ID: iAb5StCI)

「続きは」

 直弥が急かす様に、固まったままの首相に言う。首相からの返答は無かった。それに苛ついたのか、直弥は思い切り机に自分の右手を叩き付けた。バンとドンの間の音が、部屋で響く。首相は肩ビクつかせ、直弥をチラリと見る。
 獲物を見つけた動物のような、猟奇的な目で見てくる直弥に、首相は慌てて視線をずらした。震える手で手紙をしっかと持ち、小刻みにゆれる唇を開き、手紙を読むのを再開する。

「地元の警察たちは、どうして機能しないんでしょう? あ、もしかして。誰もあの町に住んでいないから、ですか。大量殺人事件、このことを知っているのは、死んでいった隊員や警官たちと、ジョーカーの僕たち二人、首相だけって事だったりですかね。
 それだとしたら、僕らは何てハッピーなんだろう! 僕らジョーカーが好きなことしても、国のトップは愚か警察官達だってジョーカーに手出しは出来ない。手出し、じゃないかな、咎める事が出来ないんだ」

 そこまで読み、首相は手紙を持っていた腕をゆっくりと下へ下げる。これ以上、何も文は書かれていなかった。ただ、ジョーカーは二人いて、彼らは自分達が咎められることを祈っている。国家秘密警察の存在には、気づいていない。
 そのことは分かった。首相は思考の片隅で、しめた、と思っていた。ジョーカー二人を生かしたまま、国側の人間につかせる。そうすれば、二人を咎められるのと同時に、国への不信感も少しは減るのではないだろうか。そうすれば——。

 様々な妄想と想像が、首相の脳内を駆け巡る。ある一つの結論に達した瞬間に、首相は秘密警察に向き直り口を開いた。

「今すぐに、逃亡者及び逃亡者の身辺調査を行え。調査結果は“何時もの場所”に置いておけ」
「イエス、ボス」

 どんなに不服でも、全員が条件反射で言うように訓練されていた。今回も訓練どおり、マニュアルに書いてある返答が首相の耳に返ってくる。あごで扉を示してやれば、彼らはがちゃがちゃ音をたて部屋から順に出て行く。
 最初から三番目に直弥は部屋を出て行った。全員が出終わり、ばたん、と音をたてて扉が閉まった瞬間に、首相は長い長い溜息を吐いた。