複雑・ファジー小説
- Re: The world of cards 10/20七話突入 ( No.71 )
- 日時: 2012/10/20 22:44
- 名前: 柚子 ◆Q0umhKZMOQ (ID: aaUcB1fE)
第七話『先が見えないこの道で』
スーパーAから離れ、最寄り駅までの道を歩いている内に雨が降ってきた。晴れていた空で踊った太陽には、雲の幕がかかり化粧直しの時間に入ったらしい。そんな空を見ながら、香住は小さくため息を付き月の顔を横目でちらりと見やる。
香住の一メートルほど前に、菫や朔夜、それにグレゴリー・ハドソンと名乗った男性が歩いていた。三人は打ち解けているようで、仲良く話してる声が香住の耳に届く。ただ視線はずっと正面を向いて歩く、月の横顔に張り付いていた。
一挙一動を見逃すまいとしているのか分からないが、何故かかすみは視線をはずすことが出来ないままだ。
「香住はさ、覚えてんのか? 能力使ってたときのこと」
「うぇっ!? えっ、な、何っ?」
急に香住を見た月と視線があってしまい、香住の口からはおかしな声が出る。言って直ぐ口元を押さえて俯いた香住を、月は何処か愛おしそうに見ていた。
——俺はやっぱり、お前のことが好きだ。
月は優しく香住の頭に手をのせ、もう一度同じ言葉を香住に言ってみせる。一度はっとなり、香住は顔を上げたが申し訳なさそうに、また視線を下へ向けた。そして小さく、口を動かす。
「あたしが……、殺したんだよね……。能力使って、人の……こと殺したんだよね……」
いつの間にか菫たちとは、かなり距離がひらいていた。太陽が住宅街を照らす。時刻は大体六時頃だろうか。目の前で俯いたままの香住の頭を、そっと撫でる。肩が小刻みに震えているのが、目に見えて分かった。
「大丈夫だって。別にお前が悪いわけじゃねーんだし。逃げたの咎められるんだったら、俺も一緒。俺が主犯で、お前は俺に利用されただけ。
——他に、香住自身がなんかやったりした事、覚えてたりする?」
安心させる口調で、月は優しく言う。その声に香住は小さく「多分」と呟いた。それを聞いて月は嬉しそうに笑む。香住が自分に向けた告白を覚えて無くても良いと、そう感じていた。
仮に覚えていたとしたら、矢張り嬉しいとは感じる。けれど、覚えていなくても悲惨な記憶以外が、少しでも残っていればそれで充分だと、月は内心で呟いた。
沈んだ気持ちが、ゆっくりとでも明るい気持ちに変わるために自分は手助けをするまでだ、と。
「あたしね、月が好き」
月は香住の不意打ち告白に「あ?」と返事するしかなかった。香住を見れば、目元が赤いままで笑顔を見せる香住がいた。
「あたし、月が好きって言ったの。『香住』が好きって言ったのは、きっと月を傷つけたくなかったんだと思うんだ。
だから、あたしね、月の事が好きだよ。守ってくれるところも、引っ張ってってくれるところも、全部全部大好きだよ」
- Re: The world of cards 10/22一時保留中 ( No.72 )
- 日時: 2012/10/23 23:07
- 名前: 柚子 ◆Q0umhKZMOQ (ID: idWt6nD1)
- 参照: http://www.kakiko.info/bbs2/index.cgi
それは月自身大好きな、香住の一番無邪気で愛らしい笑顔で。朝日に照らされながら、ニッコリ笑い頬を赤らめる様までも、どうしようもなく愛しいものだった。そして記憶の片隅で、死んでいった警官たちが蘇える。
彼らが生きていたならば、今此処で最愛の少女から告白をされることなんて無かったのだろう。今直ぐにでも殺すと言わんばかりの形相で、二人を襲ったに違いない。そう考えると、香住の罪も月の罪も全て無かったことの無いようにも、思えてきた。
「ああ。知ってる」
瞳を閉じ、口元に笑みを浮かべながら月は言う。その次に続く言葉を、脳内で組み立てながら、言葉を続けた。
「お前が俺を好きなことは、知ってる。『香住』の中から、香住自身が告白してくれたって言うのは、ちゃんと記憶に残ってる。
それに、俺はお前よりも先にお前に“好き”っつー感情は持ってたからな。お前の声を聞いたときから、お前の事が俺も好きだ」
恥ずかしそうに照れ笑いを見せると、同じように香住も恥ずかしそうに笑みを見せる。傍から見れば、相思相愛のバカップルと言ったところだろう。けれど、どの恋人たちよりも、二人は数多くの苦に耐えている。違うのは、生まれた場所と育った環境。それだけだった。
方言さえ出なければ、ばれることの無い二人の素顔。
二人はもう一度瞳を交差させ、また恥ずかしそうに微笑みあった。無声音で「好きだよ」と会話しながら。
「おーい! 月、香住、早くしないと置いてくぞー!!」
もう顔が米の粒のように小さくなった菫が、声を張り上げた。二人に届いたときの声は、小さかったが二人はその声に引っ張られるように歩を進める。ひんやりとした朝の空気に負けまいと、二人はぎゅっと手を握る。月の左手が一回り近く大きかったが、香住はしっかりと握っていた。
ずっと遠くには、菫や朔夜、ハドソンまでもが此方を見ながら待っている。何を話しているのかも聞こえないが、きっと繋いでいる手は見えているのだろう。香住は握っている手に、少し力を込めた。恥ずかしいというよりも、どうにでもなれと言っている様だった。
- Re: The world of cards 10/23更新 ( No.73 )
- 日時: 2012/10/24 21:36
- 名前: 柚子 ◆Q0umhKZMOQ (ID: idWt6nD1)
- 参照: http://www.kakiko.info/bbs2/index.cgi
「やぁ、幸せそうなお二人さん。ゲームは楽しんで貰えてるかな」
聞き覚えの無い声に、月と香住は足を止めた。直ぐには後ろを向かず、菫たちを一瞥する。そっちにも、見知らぬ男のような人物が行く手を遮るように立っていた。状況理解した月の脳内は、ぐるぐると回転し始める。
現状の打開策は何処にあるのか、後ろに居る気配の持ち主はだれなのだろうか。答えと成る光が見出せない間に、月はじっとりと嫌な汗を背中に感じる。分析すればきっと今は危険な状況で、ゲーム——殺戮ゲームのようなものか——に参加している事が、ばれている。
いや、参加しているのではなく参加させられた。
「アンダーワールド出身者の濱織香住、木月月。どうして名前を知っているのかは、教えてあげる。ついでに、僕と切り裂き魔くんのことついても、教えてあげるよ」
声を上げた男の言葉が終わった瞬間、二人の目の前には美しいブロンドの髪が現れた。一言、きれいとしか言い用のない、形容できないその姿に、香住は口を小さく開け「うわぁ……」と言葉を発する。
その言葉が、嫌悪感を抱いているものではなく、心底からの感嘆だけを示しているのが、月は手に取るように分かった。出会ったときから、変わらず同じような反応を、香住は繰り返していたからだ。
自分の知らない世界の出来事などを伝えれば、「ほぇ……凄い」と口走る事が多い。世間から見れば“知恵遅れ”などと言われるかもしれないが、それは北海道民からしてみれば仕様の無いことだった。
「あっちに居る切り裂き魔くんと、僕はジョーカー使い。手の平の上を磐石として、将棋の駒や碁石やチェスのピンたちを躍らせる、道化さ。
僕も切り裂き魔くんも、悪いとは一つも思っていない。どうしてって? それが普通だからだよ。君達にとっても望んでいない、トランプの力に抗うことなんか出来ないからさ。
月くんなら、分かるかなぁ……。一番僕らには追いつけない、五十二人中の四十人目さん」
男——ジョーカー使いの樹絃——は、不敵な笑みを見せ付けた。
- Re: The world of cards 10/23更新 ( No.74 )
- 日時: 2012/10/27 22:01
- 名前: 柚子 ◆Q0umhKZMOQ (ID: ixsLSGyl)
- 参照: http://www.kakiko.info/bbs2/index.cgi
樹絃は二人の不思議そうな顔を見ながら、笑うをやめる。理解していない事が、二人の表情からは丸分かりだったからだ。わしわしと頭をかき、億劫そうに口を開く。
「何、理解してない感じ?」
迷いなく頷いた香住を見て、樹絃は大きな溜息を吐いた。ある程度の理解はしているのか、月は何処か深刻そうな表情を見せる。樹絃は二人を見比べた後に、香住の方だけを見て一つ一つ詳しく説明していく。
「霧月菫、玖月朔夜、グレゴリー・ハドソン。彼らと話している切り裂き魔くんと、今此処で話している僕が、ジョーカーなんだ。手の平で思慮の浅そうなゲームプレーヤー達を躍らせて、殺し合わせる役割を担ってる。
その中の一つが、まぁ予想してなかったんだけど、スーパーでの無差別殺戮テロさ。これは——濱織香住が実行して、木月月が最終的な決着をつけたんだっけ?」
『無差別殺戮テロ』。二人は表情を強張らせた。
確かに、スーパーの駐車場で行われた虐殺とも呼べる戦闘は起きている。けれど、その事象を知っているのは菫、朔夜、月、香住だけのはずだ。誰が殺し、誰が手伝いをしたのかなんて、その四人は誰にも話してはいない。
月はじんわり汗が噴出してくるのを感じながら、樹絃をじっと見る。
「……お前は、何処まで知ってんだ」
自分達の行った行為を否定する素振りを見せない月に、樹絃は楽しそうに口を開く。
「ぜーんぶ見ていた訳じゃないけどね。濱織香住が能力を使って、ぶっ倒れた後から見てたよ。切り裂き魔くんと一緒に。
どうやら切り裂き魔くんと僕は、運命共同体のようでさ、半径一キロも離れてはいられないんだ。困っちゃうよね。マンションなんだけど、部屋は二人で住んでるし」
プライバシーなんて無いようなもんだよ、と樹絃は呆れたように手振りをつけて言う。
「それでさ。五対二で良いから、僕らと殺し合いしない? 途中できっと、君達とは違う人が来るかもしれないけど」
楽しいと思うんだけどなぁ。樹絃は厭らしそうにニヤニヤと笑う。提案された瞬間に、月の脳はフル回転し始めた。手の内が分かっている樹絃と、手の内を知らない俺たち五人。勝算があるか否か問われれば、ないと答えるほかない。
誰がどのような能力を使えるのかを知っているかいないかで、簡単に決着が決まると月は考えていた。相手が自分たちと同じように、スペードの4のようだったならば、まだ勝算はあったのだろう。
けれど相手は、ジョーカー。しかも、手の内が不明。能力の数なんぞ、分かるわけが無かった。もしかすれば、一発で命を落とすかもしれない。考えながら月は、香住を見る。
香住はしっかりと両目で樹絃を捉えていた。そして、徐に口を開く。
「分かった、いいよ。だけど、殺すんだとしたら私だけ。他の人は、絶対にダメ」
言った後の震える肩を樹絃は見て見ぬ振りをし、「ああ、分かったよ」とさも面白そうに言ったのだった。
