複雑・ファジー小説
- Re: The world of cards 11/12謝辞更新 ( No.81 )
- 日時: 2012/11/14 22:43
- 名前: 柚子 ◆Q0umhKZMOQ (ID: idWt6nD1)
- 参照: sorosoro
「うわああっ」
焦っているような、少し気の抜けた声がトマトジュースを吸っていたヨルガの耳に届く。何事かと首を右に曲げれば、ラムネードが握っているラムネの瓶から白い泡がシュワシュワと噴出しているところだった。思い切り、引っかかっていたビー玉を落としたのだなと、ヨルガは瞬時に理解する。
ラムネ——元はレモネード——の作成工程上、泡が噴出するのは仕方が無いことだ。ヨルガは、ラムネの作りかたとラムネ瓶の形の理由を思い出しながら、ポケットに入っていたティッシュをラムネードに差し出す。「ありがとう」と言ってラムネードはそれを受け取り、ベタベタになった手を、拭いていく。
ラムネはイギリスが発祥地として有名で、1870年炭酸飲料を密閉する画期的な方法として、今の瓶の形が作られていた。元々はコルクでのふたであったが、変形や劣化、炭酸ガスが抜けやすかったことから、ビー玉に変わったらしい。
ラムネを作るのも時間勝負、のような物だったと聴いている。瓶容器に、シロップ類を入れた後で炭酸水を素早くいれる必要があった。その後で、中の空気が抜け炭酸水がいっぱいになった瞬間に、瓶をさかさまにする手間がある。そうすることで、中に入っていたビー玉が瓶口に落ちてきて、炭酸ガスの圧力で口ゴムに圧着されて、せんが出来るらしい。
そんな雑学を脳内で展開しながら、ヨルガはラムネードに手を洗ってくるように進める。地面に垂れていったラムネの周りには、沢山の蟻が群がっているところだった。我先にと、甘美な汁を求める蟻達が、ヨルガは酷く滑稽に思っていた。同じ物を、何匹もの同種類の蟻が——。
ヨルガの口元には、不適な笑みが現れていた。けれど、それはヨルガ自身にしか分かることは無い。真っ白なマフラーに、その口元が隠されているからだ。
「早く行かないと、戦い終わっちゃいそうだな」
ぼそりと、ヨルガは呟いた。
◇ ◇ ◇
「あはははははははは! そんなぬるい攻撃が、僕に通用するとでも思っているのかい? ねぇ、『香住』ちゃんっ」
狂ったように、樹絃は笑っていた。壊れた玩具のように、笑いながら『香住』の攻撃をいなしていく。傍から見れば、恐ろしい光景だろう。本気で命を取りに行く少女と、笑いながらその攻撃をいなしていく少年。健全な子供たちであれば、決してしない、ゲームの中のシーンが此処には存在していた。
太陽も少し高度を上げ始め、眩しい光が二人の動き、表情を照らし出す。苛立ちを浮かべる少女と、狂気的な笑顔を見せる少年。素晴らしい光景だと、隣の通りにいた恭助は感動していた。人間と、そうでない物が戦っているような、白熱とした感覚が、たまらない。
「よっそみしてんじゃねぇよッ!」
ブォンと空気を切った大きな太刀が、恭助の左肩すれすれを掠める。舌打ちしながら「しとめ損ねた」と言う月に、恭助は何の興味も存在していなかった。それなのに戦う理由は存在しないと、ぶつぶつと恭助は呟く。決して周りの誰にも聞かれない声で。
樹絃と対峙する香住。恭助と対峙する月。その二組以外の三人は、影でジョーカー二人を狙っていることは、明白だった。月との対戦中に、大まかな位置程度なら恭助は特定済みだ。何も武器を持たず、ただ呆けた面で月の攻撃をギリギリでかわす。そのスリルを、出来るだけ長く楽しむついでに、見つけたまでである。
息一つ乱さずに、能力一つ使わずに。それでいて、隙を伺っている自分自身に、恭助は苦笑が漏れた。“何、この戦いを楽しんでいるんだ。俺は。”声も出そうに成るくらい滑稽で、下らなかった。けれど、楽しいのだ。詰まらない感じを、自分ひとりが楽しみとして感じている時間が。他人から見れば、可笑しい光景だろうが、恭助は気に止める素振りも見せない。
「お前は、俺に反撃して欲しいとか思っているのか? その弱い攻撃で防ぐ事が出来る能力は、俺は一つも持っていない」
月にそう告げ、徐にパーカーポケットに入れていたジョーカーのトランプを取り出す。瞬時に、月と恭助の間には言葉では説明しきれない緊張が走った。