複雑・ファジー小説
- Re: The world of cards 11/19更新 ( No.89 )
- 日時: 2012/11/23 22:50
- 名前: 柚子 ◆Q0umhKZMOQ (ID: idWt6nD1)
- 参照: 絶対君主の成れの果て。然らば刻の流れに乗っとって
瞬間的に身体の筋肉を強張らせた月の右腕を、躊躇無く『恭助』は切り裂いていく。感覚神経から伝わり、せき髄を通り脳へとその快楽が伝えられる。苦悶の表情を浮かべる月をよそに、『恭助』は恍惚とした笑みを浮かべていた。長く硬い爪から滴る血液を、口に含み、ゆっくりと嚥下させる。
『恭助』が笑うと、歯と歯の隙間に血が付着しているのが見て取れた。
「はっ。男の血なんか飲んで美味いのかよ。この変態」
侮蔑をこめた眼で月は『恭助』を見やる。肉眼で確認しきれるか否かの速度で突っ込んでくる『恭助』の攻撃を、かわす事が出来ただけでも、月には満足であった。死なないための最低条件が、月の中で作られたから。それをリストにまとめ、人間離れした肉体、速度の持ち主に売れば、その人がきっと『恭助』を殺す事が出来るだろう。
『恭助』は何一つ表情を変えず、「変態」とぶつぶつと呟いていた。耳には少し離れた場所で聞こえる、固いもの同士がぶつかり合う音が響いている。樹絃を気にしていた恭助とは違い、『恭助』は樹絃の戦いに興味は一つもないようだった。目の前の勝負が全てだと、思っているかのようだ。
そしてあの笑みのまま、『恭助』は口を開く。
「小生が変態か……。それならば、お前ら人間どもは変態ではないと、言い切れるのか」
「どういう意味だ? 普通の人間は、誰一人として変態なんかじゃないだろ」
呆れたように言う月に、『恭助』は開いた口が塞がらないとでも言うように、溜息を吐いた。溜息の吐き方は、恭助と、ほぼ一緒であった。『恭助』は呆れつつも口を開く。
「元はといえば、人間はただの海中生物だと小生は知っている。そこから進化し、進化し続け、ホモサピエンスやアウトロラロピテクスなどになったのだろう。その中で、人間が変態と言わざるを得ない事があるだろう。変態は、小生に言わせてみれば、状態が変化する、ただそれでしかないのだ。
その最前線に立つお前ら人間どもは、変態ではない、と。幼き日から“人間”というカテゴリに入れられたせいだろうな。一番の変態であるお前らが、自身と変態を別個として考えるのは。それになんだ。お前のような雑魚の身分で、お前のモノサシと価値観だけで、他の人間どもを見ることは出来るのか」
どこかいらつく口調。けれど、それは言葉のとおりでもあることを、月は痛覚が刺激され続ける脳で理解する。言っていることは一見はちゃめちゃで難解にも聞こえるが、答えは単純明快なものだ。それをただ、人間が不思議にも難しく、知恵の輪よりも難しく解を隠したせいで間違いが生じている。ただそれだけだった。
その言葉を吐いて直ぐ、『恭助』は間合いを取るために後ろに飛び退く。つまらなそうに首を回しながら、月の着ている服に血が染み込んでいくのを見ていた。無表情で、何に興味を示しているかわからない、死んだような単色の目で。
「だったらよ、お前はお前のモノサシで他の奴らはかること出来るっつーのか、よっ!!」
『恭助』向かって走りながら月は問う。どちらの言葉にも、解が無いことを知っていても尚、それを認識するのが辛かった。走っていく中で、月は自身の攻撃パターンと『恭助』の防御パターンのシュミレーションを行う。
どれだけ攻撃が通るのか。カウンターをされる回数、いなされる回数と状況。それだけに頭を切り替えて、月は力強く太刀を握った。