複雑・ファジー小説
- Re: The world of cards 11/23更新 ( No.94 )
- 日時: 2012/11/25 21:40
- 名前: 柚子 ◆Q0umhKZMOQ (ID: idWt6nD1)
- 参照: 絶対君主の成れの果て。然らば刻の流れに乗っとって
「うおるああああっ!!」
接近し、思い切り太刀をふるう。『恭助』はその攻撃を、簡単にいなして見せた。ビュウッと虚空を斬った太刀は、そのまま『恭助』をめがけて横移動を開始する。風を横に切りながら、先程の立て斬りの威力と速度を受け継いだ太刀を、またしても簡単に止めて見せた。それも、人差し指と中指のみで。
無表情に『恭助』は月を見やる。荒く息づいた様子に、月が戦いにしっかりと身を入れる事が出来ていないと、『恭助』は感じた。そして同時に、目の前に居る月に一切の興味が湧かなくなっていた。あまり動かない敵一人相手に息を切るほど、月は馬鹿な男ではないと、『恭助』は心のどこかで思っていたことも、その原因だ。
「お前。否、貴様というべきか。貴様は何を悩む。何に気をとられる。樹絃と戦っている女についてか。貴様が小生に殺されることに対してか。どちらでも良いが、それは小生に対して失礼ということを忘れるな」
淡々とした口調で告げた『恭助』は、指で挟んでいた太刀を宙へ泳がせる。一瞬、帰ってきた太刀の重力に負けバランスを崩したのを見て、間髪居れずに思い切り傷のある右腕に、蹴りを入れる。浅い息と共に、小さな悲鳴をあげ、月は左側の民家の塀にぶち当たった。
微量の砂煙と崩れ落ち、小さな破片となって零れていくコンクリート片が、衝撃の強さを物語る。生身の人間では、到底止める事が出来ないような衝撃。赤子や小児、大型犬までの大きさであれば、簡単に命が終わるほどだ。
「小生を倒さない限り、貴様は見世物になり、あの女の元へも行く事が出来ないぞ」
つまらなさそうな『恭助』の言葉は、月の耳には入っていなかった。
◇ ◇ ◇
「あァん……。美味しそうな体してるわねェ」
「んー? そうでもないさ。寧ろ君の方が、興味深い体をしてるけどね。か・す・み・ちゃん」
二人は、地上戦であったが激しい攻防を繰り返していた。長い爪を武器にする『香住』に対して、樹絃は丸腰。躊躇なく突き出してくるその爪を、樹絃は間一髪の状態でかわしていた。武器を取り出す暇が無いというよりは、敢えて武器を取らず、遊んでいるようにも見える。
香住が『香住』と成り代わってから、樹絃と『香住』はずっと笑顔だった。唯の一般人であれば、肉眼で追う事が精一杯だという速度で、二人は会話を交わしている。意味の分からない速度で、二人は笑顔を見せていた。
「あら? 貴方もあの小娘のファンなのかしら……。へらへらしてる小娘の、ねッ!」
懇親の一撃とも言える攻撃が、樹絃のわき腹を抉るようにして傷をつける。貫通こそしなかったものの、傷からはどくどくと血が流れ出ていた。『香住』は爪についた血を何の迷いも無しに、口へと運ぶ。爪を横に向け、指の腹にそって舌を這わせていく。
爪先めざし横移動するその舌は、樹絃の眼には酷く淫らに映っていた。赤に白が付着した健康的な舌が、樹絃の血で赤く染め上げられていくシーンが。舌で取りきれなかった血が、唇へと滑り落ちていく様が、全て淫らであった。
一言で言うならば、エロい。ただそれは、変態思考的な意味は含まれておらず、女性としてのエロさが最大限引き出されている形であった。年齢など関係無しに、全てを魅了する。いわばサキュバスのような、今の『香住』は、それと同じであった。
- Re: The world of cards 11/25更新 ( No.95 )
- 日時: 2012/11/27 22:50
- 名前: 柚子 ◆Q0umhKZMOQ (ID: idWt6nD1)
- 参照: 絶対君主の成れの果て。然らば刻の流れに乗っとって
「あははっ。僕がこの世の人間に興味なんて持っているわけ無いじゃないか」
込み上げた笑いを虚空に放出し、樹絃は言った。『香住』が出すフェロモンなどには一切の反応を見せずに、何時もの調子だ。少し落ち着いた出血を見て、樹絃はトランプを取り出した。カラフルなピエロのイラストが描かれた、ジョーカーのトランプカード。
ジョーカーが描かれている以外の部分は、表裏関係なく真っ白であった。そしてそのカードを、左右に振り樹絃は口を開く。
「【治癒守護神/ディアガーディアン】」
『香住』は、その様子を静かに見つめる。声を上げるでもなく、斬りかかるでもなく、ただ静かに見つめていた。その能力の効果が何であるのかを知るために。樹絃は『香住』の視線を感じつつも、反応はせずにただ静止していた。
能力の使用代償により、二十秒間は体を動かすことが出来ないからである。その二十秒の間で『香住』が樹絃を殺すことは、容易であった。そのため樹絃は今、いつでも俺のことを殺しても良いですよ、と凶悪犯の前で身を差し出す大馬鹿と同じ状態で、能力を使ったその場から離れる事が出来ないで居る。
「ねェ……。その能力の代償は、貴方の動きを止めること、かしら」
図星を突いてくる『香住』に、樹絃は頷けないままに視線を送り続けた。唯一自由の利く目は、瞬きを繰り返し、周りの状況を見ようと上下左右に動き回っている。そんな樹絃に『香住』は一瞬で近づき、正面から豊満な乳房を樹絃の胸へと押し当てる。
むにゅっとした、女性にしか存在しない特有のものに樹絃は一瞬目を見開く。直ぐにその見開いた目を戻し、二度瞬きをする。そんな樹絃を二つの瞳で捉えながら、『香住』は自身の顔を——正確に言うと唇を——樹絃の顔へと近づけていく。
ゆっくりと、桃色の唇が近づいていた。顔を近づけていくにつれ、間に挟まる乳房は、潰れていく。
「ちょっと待とうよ、『香住』。僕はもう、動けるんだからさ、そんなに近づいていると僕は君を殺しちゃうかもしれないよ?」
笑顔でそう告げ、躊躇い無く吐息が掛かるほど近くにあった香住の顔を、自分の顔へと密着させる。その時点で、二人の距離は零だった。触れ合う唇の隙間から、樹絃はゆっくりと舌を差し込んでいく。『香住』は、嫌がる事無くその舌を受け入れる。
月が見れば卒倒するであろうシーンが、月の居る通りの直ぐ隣で起きていた。付き合ったその日に、違う男の唇を受け入れる彼女。中に居るものが違うとしても、爪の長さと乳房の大きさが異なるだけで、他は全て香住と同一だ。
「ん、ふふっ。まだまだ若い男の癖に、キスの腕はすごいのね。小娘の彼氏が見たとしたら、きっと驚くわよ? ……どうしましょう。あたし、興ざめなのよねェ。
キスする予定も無かった人と、まさかキスしちゃうと思わないじゃない? それも、深いほう」
もう戻って気持ち良くなりたいのよ、小娘に戻るけど、上手く言っておいて欲しいわ。そう言うが早いが、長かった爪はすぐさま小さな一般サイズへと元に戻る。乳房の大きさも目測Eカップだったものが、元通りだ。すぅっと瞼を閉じ、小さく息を吐く。
「やぁ、お目覚めかい? 君の王子様は、殺し合いの真っ只中さ」
瞼を開け唐突に向けられた言葉に、香住は「はい?」と答えるだけだった。