複雑・ファジー小説

Re: The world of cards ( No.99 )
日時: 2012/12/09 21:38
名前: 柚子 ◆Q0umhKZMOQ (ID: nQ8cdthw)

「……すごいですね」

 直弥が目標としているビルの屋上から、女の声が響く。誰もが身につけている服の一部や、アクセサリなどにはダイヤの形があしらわれている。十三人という、少人数ではあるが、現段階の大人数であった。他のマークは、どこも全員が揃っていない。この中で、先程声を出した少女以外は皆仮面をつけていた。
 様々な仮面。ピエロのような顔や、ひょっとこのようなもの。色々な仮面は、全て恭助と月の戦いを見つめていた。激しい争いの中で、風と戯れる鮮血の赤。二人の皮膚についた赤は、酸素を手放し、黒ずんでいる。けれど尚、二人の武器の交わりは終わらない。

「Aのレディ。この戦いは、しっかり見ていたほうが良いよ。人外みたいな形をしている方が、きっとジョーカーだから」
「えっ」

 オペラ座の仮面で主人公がつけていたような仮面をつけたスズムが、真日璃に告げる。その言葉に反応したのは、真日璃だけでなく他のメンバーもであった。そうして、皆一様に人としての姿を半分無くした恭助の姿を凝視する。一挙手一投足を見逃すまいと、食い入るように。

「はぁ……殺したい……。私の手で、殺してやりたいよ……」

 白くきれいな曲線美を持つ足をだいたんに露出している女が、体を振るわせる。その女の横に居た双子が、それを見て面白そうに笑う。女は鬱陶しそうな視線を投げるが、手を出したりはしない。仲間内で能力や武器を使った武力制裁は、タブーとして決められていたからだった。
 決めたのは勿論、全員である。その仲でも最高決定権を持っていたのは、Aの叶雨真日璃。最初はおどおどしていたが、今では立派にダイヤを引っ張っている存在だ。

「ねぇ、Kのキミ。ジョーカーと戦ってる方の人、どう思う?」

 涼は視線を外さないまま、後ろに立っていた青年に問う。

「どうって言われましても……。取り敢えず、あんなチートみたいな相手に対して、良くやってるんじゃないですかね。僕の能力でどうこう出来る相手じゃないようにも感じますし。
 それと、Kのキミってなんですか。僕には武江 誠人(タケエ マコト)って名前あるんですから、そっちで呼んでくれません」

 オレンジ色のラインが入った紺色のジャージが、風ではたはたと揺れる。誠人は少し諦めた口調で言う。その言葉に頷いた仲間は少なくは無かった。少し和んで雰囲気で、目測百五十メートル当たり先の戦いを見る。

「みなさん、誰か此処に来てるみたいです。……どうしますか」

 真日璃の一言で、場の空気がぴりぴりとしたものに瞬間的に変化した。半数程度は臨戦態勢を取り、残りはいつでも逃げられる体制を取る。殺したがりで、露出した服を着ていた女は、臨戦態勢を取っていた。その横にいたプレーヤーは、ポケットに手を入れたまま、微動だにしない。

Re: The world of cards ( No.100 )
日時: 2012/12/14 23:21
名前: 柚子 ◆Q0umhKZMOQ (ID: nQ8cdthw)
参照: 久々更新。

「Aのレディ、一体誰が来るんだい?」

 涼は真日璃を守る体制で扉を見つめながら言う。その言葉に、真日璃は静かに瞳を閉じ、何かに集中し始めた。それを感じ取ったのか、他の仲間たちは何も言わずに、じっとそのままの体制をキープし続ける。いつ、誰が何をしてきてもいいように、だ。
 数秒後、真日璃はパッと目を開けた。

「男性が一人、天城さんが……以前撃った方です……ッ!」
「なんじゃ、覚えちょったんか」

 真日璃の言葉が終わって直ぐ、乱暴に扉が開け放された。無理やり蹴り開けたのだろう。扉の真中は、無様に凹んでいる。涼と真日璃の脳内で、屋上に現れた男の顔が検索に掛かる。同時に、どんな姿形だったかなど、事細かに。

「漆崎、だったっけ」

 涼はにっこりと営業スマイルを浮かべ、直弥——漆崎宗勝——に質問を投げかける。宗勝も、それに答えるように笑顔を見せた。どす黒い“何か”を纏った、最低な笑顔である。幾らか走ったのか、宗勝の額にはうっすら汗が滲んでおり、その汗に吸い付くように、美しい群青の髪が、額を彩っていた。
 仮面をつけていない目は血走っており、右目は充血している。それを見て涼は、血気盛んな人だなぁ、と鼻で宗勝を笑って見せた。人を小馬鹿にするときと、ほぼ同じようなの仕草。

「また会えるなんて、運命の赤い糸で繋がってるのかもな」
「声が笑ってないじゃないか、ひどいなぁ」
「ちょっと! こいつ殺して良いのかい!? 早く決断しなさいよ!!」

 殺したがりの女が、ヒステリックのようにキーキーと叫ぶ。誠人と真日璃でそれを宥めながら、二人の行動に視線を向けていた。一触即発という言葉が、一番似合っている光景が、目の前にあるからだ。臨戦態勢を取っている全員が、各々の武器をぎゅっと強く握り締めた。
 足元を見たまま固まっていた、腰までの長さを持つ黒髪の女が、その長い髪を耳にかける。けれど、髪の大部分は地面に接触してしまっていた。

「それで、一体用件はなんだい? 僕たちはみーんな、あっちの戦いに興味があるんだけどなぁ」

 涼は視線だけで、未だ終わらない戦いを示す。丁度良く二人の叫び声が、耳に入ってきた。

「オレも、あっちの戦いにしか興味はねぇんじゃけぇの。お前さんが見えよったんじゃけ、殺し合いせんと、落ち着きがあらへんと思ってな」

 そういって宗勝は、AMTオートマグを、懐から取り出した。
 銃口の先には、真日璃の頭部。

 その光景は、デジャヴとしか、引用する事は不可能であった。

Re: The world of cards ( No.101 )
日時: 2012/12/19 22:09
名前: 柚子 ◆Q0umhKZMOQ (ID: nQ8cdthw)
参照: 久々更新。

「やぁ……。それは、一体何の真似かな」

 変わらない笑みのまま、涼は聞く。ちらりと真日璃の表情を伺えば、瞳を閉じゆっくりと呼吸を落ち着かせているところだった。周りに居る仲間たちが、真日璃を囲むようにして壁を作る。誰が打たれても文句なしと言わんばかりに、真日璃の前方をふさいでいた。
 誠人や殺したがりの女ら全員に、緊張が走る。いつ宗勝が銀に光る引き金を絞るのか。お互いにお互いの出方を伺っていた。

「お前がオレにした真似じゃねーか。ん、違うか?」

 似非の訛りが外れた、素のままで宗勝は言う。口元には心底楽しそうな歪んだ笑みが飾られている。その笑顔に、涼は微笑み返し、真日璃はいくらかの恐怖を覚えた。楽しそうな笑顔に隠された殺意に、真日璃は敏感に反応したのだ。
 静まったその場に響く月と恭助の声をBGMに、宗勝は口を開く。

「誰を撃たれるか分からない恐怖、味わってみろよ」

 次いで、乾いた銃声の音が響き渡った。

 ◇ ◇ ◇

「うあらぁぁああぁぁあああ!!」

 激しい光が、恭助を襲う。太刀から放たれた太陽のような橙色は、直ぐにあたりを飲み込んでいった。逆光のせいで、恭助から月を確認することは難しくなり、月から光に包まれた恭助を確認するのは、困難となっている。体を焼けつくすような痛みに耐えながら、恭助は小声でぶつぶつと呟く。
 すると、光の攻撃によってやけどした部分が見る見るうちに戻っていった。光が止んだあとに立っていたのは、無傷のままの恭助だった。姿かたちは既に元々の恭助に戻っている。激しく消耗しているようには見えなかったが、首筋を玉のような汗が滑り落ちていっていた。
 能力攻撃の連発で消耗しすぎている月は、どたりとその場に座り込む。

「……命亡くさせるのも、面倒だな」

 ぼそっと言った恭助の言葉は、空気に吸い込まれていった。恭助は静かに、座り込み息を荒げている月に近づく。

「月に近づいてんじゃねえよ!」

 ひゅんと風を切りながら飛んできた長細い物体が、思い切り恭助の背中に当たる。意外と攻撃力が高かったようで、恭助は前のめりになり、左足を前方に出した状態で動きを止めた。飛んできた物体は、真っ黒な警棒で、目的にぶつかったあとはガタガタのアスファルトの上に転がっている。

Re: The world of cards ( No.102 )
日時: 2012/12/22 20:58
名前: 柚子 ◆Q0umhKZMOQ (ID: nQ8cdthw)
参照: 王は自ら贖罪する。

「っは……。小さな鼠が居たのを、忘れていたわ」

 ぎょろりと菫の姿を見て、『恭助』は新しい楽しみを見つけたかのように笑う。その視線を受けて、菫は半歩ほど後退る。けれど『恭助』は、矢張り月にしか興味がないのか視線を月に戻し、笑みを消し、月の目の前で仁王立ちをした。
 血を流し、疲れきった状態のまま月は『恭助』を見つめる。月の視界の三分の二を『恭助』が奪い、残りの三分の一に周りの風景が入り込む。怯えた表情をした菫と、菫の肩をしっかり支える朔夜の姿。
 それと同時に、樹絃にエスコートされながらやってくる香住の姿が見えた。

「か……すみ」

 その光景を見て、月は呆然としていた。素性もよく分からない相手が、恋人である香住を連れている。男は笑顔で此方を見て、何かを伝えようとしていた。香住は、月を見るなり不安そうに其処から駆け出す。
 愛する人を取られるって、一番痛いじゃないかよ。
 月の心は涙を流し、月の表情は無だ。何を言うでも、するでもなく、ただ座るだけの抜け殻のようだった。唯一視界の殆どに映る『恭助』——今は既に、恭助——だけが、生きて色が付いていた。恭助が、月の目の前でしゃがむ。

 ぐっと顔が近づいてきて、視界の全てを恭助に支配される。既に近くに来ているでろう香住の声も、足音も、何一つとして聞こえなかった。月自身の呼吸音と、恭助の呼吸音だけが聴覚を刺激する。恭助の赤さが、視界を支配する。
 顔や首筋の赤。胴体の赤。全ての赤を自分が作り出したと思うと、月は恭助に居た堪れない気持ちに襲われた。伸ばした自分の手にも、同じような赤がついている。けれど、自分の事よりも恭助の事が、今の月にとって気に留めなくてはいけない存在だった。

「……樹絃よりも策士で、残忍で、暖かいんだな。お前は。久々に楽しませてもらった。俺も『あいつ』も。今は取り敢えず休戦だ。
 また何時か戦うときは、お前らの全戦力で立ち向かって来い」

 そういって、恭助は樹絃にも向けたことの無い本心からの微笑を見せる。好敵手と呼べるような相手を見つけたことに、何か一類の喜びを感じているかのようだった。そして、もう一度口を開ける。

「ただ、今度は俺も本気を出す。全力でお前達を叩き潰すことを約束する。たった一人だけだ。俺と樹絃が、全力で殺すプレーヤーは。お前はまだ、……この戦いを見ていた全員は、まだ俺たちを殺すに至らない。
 寧ろ、返り討ちにあうだろう。
 生半可じゃない、樹絃を、俺を殺すのは。今の俺と樹絃を殺せるのは、秘密警察が総力を挙げ日本国の持つ兵器を全て使用したときだけだろう」

 そういって、恭助はふらつきながらも立ち上がる。開けた視界の両隅に、香住やハドソン、朔夜、菫の姿が見えた。——恭助の後ろに、樹絃の姿もある。樹絃は笑顔を見せ、未だ血が流れ出ていた恭助を支えていた。
 
「また……あんたらと戦えることを、祈ってるよ」

 ぼやけ始めた視界に最後まで映った恭助に、最後のメッセージを伝える。たった一瞬だったが、恭助がにやっと笑ったように、月は見えた。

Re: The world of cards ( No.103 )
日時: 2013/01/02 23:11
名前: 柚子 ◆Q0umhKZMOQ (ID: nA0HdHFd)
参照: 久々です、お待たせしました!

 その光景を最後に、月の視界は黒に鼓膜は振動することなく静寂を迎えた。香住が駆け寄り、肩を揺さぶっても月は何の反応も示さなかった。菫や朔夜、ハドソンが訝しげにジョーカーの二人を見た後に、よってくる足音さえも月の耳には入らない。

「月? 月っ!?」

 一応心臓は動いているが、反応の無い月の肩を揺さぶり続ける。力が何も入っていないため、頭は前後左右にがくがくと揺れる。半狂乱状態に近い雰囲気を醸し出す香住の手を、ハドソンが制した。今にも泣きそうな顔で香住はハドソンを見上げるが、ハドソンの目を見て直ぐに月の肩から力なく手を下ろす。
 泣いてばかりも居られないわ。そう言った朔夜に従い、菫とハドソンで月を近くの住宅の車庫内へと運び込む。シャッターを閉め、車庫内にあったスイッチを入れると内部は白色に包まれた。金属の箱を直に太陽が照りつけるため、既に蒸し風呂のような状態になっている車庫の地面に月を寝かす。

「応急処置だけして、後は病院に連れて行かなくちゃ行けないわ」

 袖口から小さなナイフを数個取り出しながら、朔夜が言う。菫は悔やんでいるのか、唇を強く噛んだまま直立していた。頑張って、と言いながら星に願い事を唱えるポーズをする香住の後ろで、ハドソンは冷めた視線を月と朔夜に送る。

 ◇ ◇ ◇

「……やっぱり終わってた。ここ歩いてくるの大変なんだし、第二次の通勤ラッシュにあえば終わってるに決まってるじゃないか」

 呆れたような、諦めたような口調で言った声に連動するようにして、白いマフラーがふわりと揺れた。じりじりと焼け付くような太陽の光を浴び、唯でさえ不健康に見える青白い肌が、際立って不健康に見える。今にも倒れてしまうんじゃないかと思うくらいだ。その横で圧倒的な存在感を誇るダルマの気ぐるみが、ごそりと動く。
 四肢を顔だけを大気に晒し、胴体はダルマの気ぐるみに隠しこむ姿は、賛否両論ありそうである。可愛ければ良い、アンバランス、など。今までも何度かそういったことは言われていたが、ダルマの気ぐるみを着ているラムネード自身、気にしたことは一度も無かった。マイペースにその質問を受け流し、自分のペースで周りを飲み込んでいたことも、一因かもしれない。
 
「それじゃあ、もうかえろっかぁ。歩くのつかれちゃったもん」

 可愛らしく笑顔を見せて、元来た道をUターンして行く。ヨルガはラムネードの手首を掴み、恭助と月が戦っていた場所まで歩ていく。ラムネードはされるがままだったが、住宅が破損している箇所が増えてくると顔を少し引きしめた。
 円を下半分で切ったような形が塀から消えていたり、アスファルトが凹み亀裂が生じている部分が多く見られる。二人が見た中で一番酷かったのが、道路を挟んで向かい側にある家が半壊し、道路には多くの血痕が残されている場所だった。太陽光が強く、乾いているため、アスファルトについた血痕は全て黒ずんでいる。

「……不毛な争いでこんなに血を流したんだったら、きっとこの人たちと僕は分かり合えないな」