複雑・ファジー小説

Re: The world of cards 01/25更新 ( No.114 )
日時: 2013/02/08 15:26
名前: 柚子 ◆Q0umhKZMOQ (ID: p4jphIw6)


第九話『消えかけた日常』


「くっはー、久々だな。この感じ」

 ケラケラと青年が面白おかしそうに笑う。それを見て、もう一人の青年は浅く溜息を吐いて持っていた小さなカメラで足元を撮影していく。女はネイルアートに没頭していた。ネイルアートの何が楽しいのかなんてことは、青年二人には知る由も無かったが二人とも気にせず、各々自分の世界にのめり込む。地上千メートルほど上の空は、蒼く澄み渡っていた。雲は一つも無い。

 夏の強い日差しがジリジリと照りつけるが、そんなことに構ってる余裕は三人には無かった。

 それは遡る事数時間前——。


「すんませーん。仕事さぼっちまったんスけど、俺らどーしたらいいっスかね」

 青年はケラケラと笑いながら、眉間に皺がよった——明らかに怒っていると見て取れた——老体の議員達に話しかける。その青年の後ろに立っていた二人も、口々に「寝坊した」や「マニュキアがぁ。乾かなくってぇ遅れちゃったのよねぇ」と告げたことに、彼らは堪忍袋の尾を切った。始めに文句をつけたのは、国務大臣の一人、国会議員の谷川 速水(タニカワ ハヤミ)だった。ガタンと音をたて椅子から立ち上がった谷川に、全員の視線が集中する。

「きっ、君達はどんな立場に居るのか分かっているのか!?」

 三人を纏めて指差しながら、谷川は声を荒げた。議員達も三人も特に興味がないといった様子で谷川を見る。好奇とも侮蔑とも言えぬ不思議の表情と雰囲気を醸し出す室内に、臆する事無く谷川は言葉を続けるために口を開いた。

「私たちを含めた国民を守るために存在しているんだぞ!? それなのに、君達は……」
「じゃー、俺らが仕事に向かって行ったとして何か変わるんスか?」

 谷川の言葉を遮って、青年が口を挟む。

「……君が発言をする場合は許可を得たまえ」

 静かにどっしりとした低音が室内を響き渡る。硬い木製の壁に反射し、反射し、それぞれの耳の中を振るわせた。青年は面倒くさそうにぽりぽりと頭をかき、傍にいる二人に視線をやる。その視線に二人は答える事無く——乾かないマニュキアと向き合ったり、この場の動画を取っていたり——自分の世界にのめり込んでいた。仕方なく青年は低音を出した男を見ながら、レイス=D=玲総長発言させていただきます、とぴしりとした敬礼を共にして言う。男が小さく頷いたのを見て、また視界に谷川を挿入した。

「でさ、話戻すけど。ここにいる人は全員知ってるんだろうけど、カード持ちの能力者相手に俺らが何か出来ると思ってんスか? ぶっちゃけ何も状況は変わらないんだと思うんスけどね。つーか、それで変わるんだったら俺ら三人行ってるんスけど」

 真面目な態度で谷川に言う。谷川は一瞬バツの悪そうな顔をしたが、すぐにキッとレイスを睨みつけた。レイスが怖じける様子は一つもなく、ただじっと谷川の丸い瞳を覗き込み続ける。

Re: The world of cards 2/13一時保留中 ( No.115 )
日時: 2013/03/14 19:39
名前: 柚子 ◆Q0umhKZMOQ (ID: e2Ia0l.i)

 返事、ないんすか? とレイスに冷たく言われ、谷川はハッとして口を開く。けれど、言葉が出てこないのか、それとも何も考えずに口を開いたのか、ただ口を開けたまま立ち尽くす。言いたいことがあるのは明白で、レイスは大体の見当がついていた。

「それでも、行け。っつンでしょ」

 呆れたような口ぶりに、谷川はただ頷いた。面倒くさい仕事かよ、と愚痴りながらレイスは先ほどの男——内閣総理大臣——に向き直る。これで満足か、とでも言いたげなレイスの表情は笑っていた。何がおかしいかも分からないままに、ただ口元が緩んでいく。
 それを一度みやり、視線を下げた首相は「でわ、閣議を再開しましょうか」と言った。谷川は驚いたように首相を見たが、何かを言いかけたまま口を閉じ席に着いた。そうした扱いに慣れているのか、三人は議員達を気にせずにさっさと部屋を出て行った。

 ◇ ◇ ◇

「ねーぇ、何処にいくのよぉ」

 ネイルが終わったのか、女がレイスを上目遣いに見る。身長は女の方が高いが(ヒールを履くために)今は立ったレイスを見上げる形になっていた。視線を一度女へ向けると、レイスはまた前を見る。女はレイスが考えなしに行動していることが分かり、小さくため息を吐く。
 ——顔はいいのに抜けてるのか、行き当たりばったりなのか。
 密かに恋心を寄せているせいかレイスが行う一つ一つの行動に心の中で共感したり、反発したりしていたが、流石に呆れたのは初めてだわ、と女はまたため息を吐いた。

「どうした、エイ? 熱中症か、脱水症か。喉が渇いたら直ぐ言うように、コンビニにでもよってやるから」
「此処で無理して我慢しても、意味ないですから早めにお願いしますね。言うのなら」

 ルイスの後に声を発した見るからに根暗そうな男に、瑛は鬱陶しそうに「わかってるわよぉ」と返事をする。瑛と男——篝 巳徒(カガリ ミカチ)——は同期であるが、仲はそこまでよくなかった。瑛は明るく活発であったが、篝は暗く内向的であったため、待合室などで一緒になっても一つも話したことがない仲であった。
 ルイスもそれを知っているため、特に口うるさく二人に仲良くしろとは言わない。

「いえるとき言えって言っても、言わないか。しょーがないから、今行っちゃうか。篝、下ろして。こっからは電車と徒歩とバスを駆使して行く」

 欠伸混じりに言うルイスに従い、篝は高度を落としていく。数十分かけゆっくりと地面に降りると、地上の涼しさに三人はふうっと息を吐いた。

「それじゃ、一番近くのコンビニに行って飲料水と食料買うぞ」

 二人は「了解!」と返事をし、ルイスの後について歩いていく。

Re: The world of cards 3/14更新 ( No.116 )
日時: 2013/03/17 20:38
名前: 柚子 ◆Q0umhKZMOQ (ID: lerfPl9x)

 三人が降り立った場所は、住宅街のど真ん中にある交差点だった。偶然にも三人がやってきた所を見た人は居なく、彼らが歩き出してから何人か家から出てきては、三人をジロジロと見る住人は何人かいたが、ほとんどの住人は晴れだと言うのに外には出てこない。
 瑛は内心では篝を嫌がりながらも、傍目から見ては分からない程度に篝と親しく話していた。篝は特に何も感じていないのか、瑛の話に相槌をうちレイスの言葉に耳を傾け返事をしている。

「ここでいっか」

 レイスが立ち止まり入っていったコンビニは全国チェーンの、某良い気分になるコンビニだった。陽炎がゆらめく道路とおさらばし、涼しい店内へと足を踏み入れる。元気な店員の挨拶にレイスは小さく会釈し飲料水のコーナーへと一直線で向かった。
 篝はかごをもってその後に続く。本のコーナーで立ち止まった瑛は「男にモテるための、マル秘術!!」と書かれた本を手に取り、一ページ一ページ真剣に目を通していた。突き当りを曲がる前に篝が瑛をチラッと見たが、あまりの真剣さに呆れながらため息を吐いただけだった。

 レイスは炭酸飲料が多く詰め込まれた扉の前に立ち上から下までじっくりと吟味し、サイダーとコーラを篝の持ってきたかごに二本ずついれる。その後で、ミルクティーとストレートティーを一本ずつ入れた。篝はそれを見て炭酸が苦手な瑛を考慮してるんだな、と思い内心笑みがこぼれた。
 
「あの、レイス総長」
「総長つけんな、阿呆」

 レイスが受け流すようにして言った訂正事項に、今自分が居る所が一般市民も居る所だと理解しなおし、口早に「すいません」と言う。

「それで、その——レイス先輩。いったい何処に向かう予定なんですか? この炎天下だと、飲み物はすぐ温くなりますし。何より、瑛の体力が持たないと思うのですが」

 篝が話している間にも、ぽいぽいかごにお菓子が入れられていく。お菓子の山を見てうんざりしながらも、量を減らせと言えないのは直轄の部下だから仕方がなかった。
 場所を移動するレイスの後ろについて歩きながら、レイスからの返事を求める。パンや紙パックの飲料が売られるコーナーで弁当などを調達しながらレイスは口を開いた。

「瑛がへばったっていいじゃねーか。篝、お前がいるだろ。俺はお前も瑛も大事だけどよー、仕事視点で見りゃ働ける奴つか動ける奴だけほしいんだよ。これも、仕事だしな。プライベートじゃねーから」

 冷たいか、と山のように食べ物が積み上げられたかごをレイスに取られながら言われた言葉に、篝は、いいえと首を振った。