複雑・ファジー小説
- Re: 残光の聖戦士 ( No.11 )
- 日時: 2012/07/27 22:38
- 名前: 久蘭 (ID: FpNTyiBw)
5.暗殺者
一瞬の出来事だった。常人なら反応できなかったに違いない。それに反応できたのも、ミハイルの神としての力だ。
ゼノビアに斬りかかる長剣を、大剣が受け止める。金属と金属のぶつかりあう音が、あたりの空気を硬直させた。
「ゼノビア、さがっていろ。」
ミハイルが振り返って言った。あわててゼノビアは後ずさりする。黒ローブが、舌打ちしたのが分かった。
「お前の狙いはあの子か?」
ミハイルは黒ローブに向き直って言った。大剣と長剣を突き合わせながら、2人の間に火花が散る。
ミハイルは素早く頭を回転させた。年齢不詳、しかし男であることは間違いない。武器はサーベル。片刃の曲刀。なぜゼノビアを狙ってきたかはわからないが、とりあえず捕縛しなければならないだろう。
男は何も言わない。黒ローブの下には仮面をつけている。おかげさまで顔すらわからない。
ミハイルはバスタード・ソードを握る手に力を込めた。相手がじりじりと押されていく。ミハイルはふっと笑った。
「……あまり武闘経験はないようだな。あまりにも無謀すぎるよ。」
「……それはどうだろうか。」
初めて、男は言葉を口にした。すこしなまりのある話し方だ。この国の者ではないのだろうか?
が、それをあれこれ考えている暇はなかった。ミハイルの視界の端に、きらめく何かがうつる。反射的に、ミハイルは飛びすさった。次の瞬間、ミハイルのいた場所に短剣がつきだされた。鋭い刃先が、行くあてをなくして地面に落ちる。石畳と短剣がぶつかりあい、ガチャン、と濁った音をたてた。
男は硬直していた。まさかかわされるとは思ってもみなかったのだろう。手から短剣が滑り落ちたのも、動揺の表れと言えようか。
「残念でした^^」
ミハイルは言うや、素早くバスタード・ソードを突き出した。相手があわててのけぞり、あおむけに倒れる。
ゼノビアは息をつめて、その様子を見守っていた。ミハイルが剣を両手から片手に持ち替え、刃先を黒ローブに向ける。
「ミハイル様、やめ……!!」
その瞬間、ミハイルは一気にバスタード・ソードを、黒ローブに向かって突き降ろした。
数々の悲鳴が、あたりにこだました。
目を開ける前、ゼノビアは覚悟していた。そこに血まみれの黒ローブが横たわる様子を。石畳が、また血で汚れている様子を。
しかし、ゼノビアを待っていたのは、意外な光景だった。
「え……。」
バスタード・ソードは、確かに突き刺さっていた。しかし黒ローブの身体にではなく、その身体すれすれの地面に。しかし黒ローブが九死に一生を得たとは言えないかもしれない。
「動くなよ。動けばその瞬間、命はないぞ?」
ミハイルは微笑しながら言う。その手には先ほど、男に突き刺しかけられた短剣が握られており、その刃先は男の喉元に突き付けられていた。
スティレット。刺突専用の短剣。手軽に携帯して持ち運べる、ある意味で最も警戒すべき凶器——ミハイルは、昔祖父に習った知識を頭の中で反芻する。サーベルといいスティレットといい、比較的簡単に手に入る武器ばかりだ。とすると、やはり根っからの武人ではあるまい。
黒ローブは浅く、早く息をしていた。ミハイルはそれを見て薄ら笑いを浮かべる。無茶なことをしたものだ。それよりなぜ、ゼノビアを狙ったのか——それを探らねばならない。
「……ミハイル様!!」
ふいに、聞きなれた男の声が聞こえた。ショート・ソードを携え、こちらに駆けてくるミハイルの側近——ジェローム・ディドロと、その部下達。
「ちょうどよかった。こいつを捕縛して、地下牢へ連れていってくれ。」
ミハイルはスティレットを突きつけたまま、黒ローブを起こした。もう諦めたのか、黒ローブはなすがままになっている。両手を後ろ手に縛られ、引っ立てられていく。
「ミハイル様、お怪我は。」
ジェロームはミハイルに問いかけた。返り血だらけの主の姿は見慣れて入るものの、やはりどこか怪我しているのではないかと気になってしまう。
「ないよ。全部返り血だ。帰ったら風呂に入りたいな。」
「はい、では用務の者に言っておきます。」
「それがいい。君はあの男を連行するように。」
ミハイルはてきぱきと指示を出す。ゼノビアは一連の動作をぼんやりと見ていた。
なんと、あっけなく……事が運んでしまった。
「よかった……よかった……ゼノビア……!!」
エリザの声ではっとする。ゼノビアは泣き笑いしているエリザに抱きつき、笑いながら泣いた。
真っ青な空の下、クレアシオンのこの怪魔事件は、あっけなく幕を閉じた。
