複雑・ファジー小説

Re: 残光の聖戦士 ( No.18 )
日時: 2012/08/13 11:48
名前: 久蘭 (ID: 6MRlB86t)

9.過去

10年前、クレアシオン全体を巻き込む大火事があった。
当時、ゼノビアは6歳。まだ幼い少女。
大工をしていた父と共に暮らしていた。

警鐘が鳴り響く音に、ゼノビアは洗濯の手を止めた。乾いた冬の空気の中、警鐘はいつもより大きく聞こえる。
その日は父は仕事で居なかった。ゼノビアの体を恐怖が支配する。寒さと恐怖で震える手を冷水から引き揚げ、ゼノビアは慌てて家の戸を開けた。
「怪魔だ!!怪魔がすぐそこに!!」
誰かの声。続いて数々の悲鳴。当時、クレアシオンは王都に次ぐ大都市であったのにも関わらず、神が存在していなかった。
周りの人々が慌てて中央広場へ向かって駆け出す。ゼノビアは恐怖に追いたてられるように、俊敏に動いた。
戸口に常備してある非常袋をひっつかみ、肩にかける。その重みによろけながらも、ゼノビアは近くに住む従姉、エリザの家に向かった。
「お父さんがいない間になにかあったら、エリザちゃんの家に行くんだよ。」
父から言われた言葉を反芻しながら、急いでエリザの家に向かう。ここからは歩いても1分かからない。あと少しでたどり着く、という所に、実の姉妹のようにして育ったエリザの濃い金髪が見えた。
「ゼノビア!!」
狂ったように手を振るエリザ。ゼノビアはほっとして、その場にへたりこみそうになる。
「さ、行かなきゃ!!走るのよ!!」
エリザの母、ゼノビアの叔母の声に急かされ、ゼノビアは体に力を入れ直した。ここで立ち止まっていては、命が危ない……。

その時だった。

「時計台が……!」
誰かの声に、ゼノビアは思わず蒼白になって振り返った。自分の手を引くエリザの手を振り払い、声の主に駆け寄る。
「時計台がどうしたんですか!?」
「時計台が……怪魔に襲われて壊されとるんだ!!」
まさか、とゼノビアは時計台の方を見やる。この前の怪魔の襲撃で、時計台は粉々になってしまった。そのため、大工達が修理をしていたはずだった。
時計台のレンガが、窓が、がらがらと崩れていく。ゼノビアは呆然としたまま、それを見ていた。頭が、回らない……。

「今日は、時計台の修理にいってくるよ。」

今朝、父が言った言葉。時計台の修理……父がいるのは、時計台……時計、台?
「っっ!!お父さんっ!!」
「ゼノビア!!」
「お嬢ちゃん、だめだ!!戻りなさい!!」
ゼノビアの頭に、最早父との約束などない。引き留める人の声など聞こえない。ただ、走った——時計台に向かって。
「お父さあんっっ!!」
悲鳴に近い叫びをあげながら、ゼノビアは時計台に向かった。尖った四角すいの屋根が落ちるのが見えた。屋根のあった場所には、長い紐のようなものがうごめいている……。
息をきらせながら、ゼノビアは角を曲がった。目の前には、崩壊した時計台。そして——。
「いや……お父さああああああああんっっっ!!」
何本もの触手を持つ怪魔がゼノビアを見据える。
その触手に、ゼノビアの父が絡めとられていた。