複雑・ファジー小説
- Re: 残光の聖戦士 ( No.20 )
- 日時: 2012/08/21 12:17
- 名前: 久蘭 (ID: 6MRlB86t)
10 大火事(グロ注意)
紫色の肉の塊。シワだらけの肉の間からは小さな目が光っている。身体中から肉の紐が伸び、道にへばりついたり空を泳いだりしている。その空を泳ぐ触手の一本に、ゼノビアの父——アシル・シェンデルフェールが絡めとられていた。
「お……お父さああああん!!」
ゼノビアの悲鳴に、アシルは驚いて目を開けた。揺れる視界に、顔面蒼白な愛娘がうつる。
「ゼノビア……!!」
「お父さん!!」
涙で顔をぐしょぐしょにしながら、ゼノビアは叫ぶ。父は娘と会えたことを喜ぶかのように、かすかに笑みを浮かべた——が、急に表情を引き締めた。このままではゼノビアが危ない。
「逃げろ、ゼノビア!!早く避難しなさい!!」
「嫌だっ!!」
ゼノビアは叫んだ。自然と言葉は滑り出ていた。嫌だ、嫌だ!!お父さんがいなくなったら、私は、今度こそ——。
ゼノビアの脳裏に、話したことも、見たこともない母の事がよみがえった。幼い頃、父に見せてもらった母の写真。自分には全く似ていないけれど、美しい女性だった——。
「お父さん…!!」
私を1人にしないで。
お願い、私を、1人にしないで……!!
「俺はもうだめだ!!ゼノビア、お前だけでも……!」
……その時だった。
父を絡めとっていた触手が動いた。
肉の塊が、がっと裂ける……いや、違う、口を開いたのだ。一見、口だとはわからない。肉の塊の中に埋もれていたのだから。
触手はその口へと動いていく。アシルは顔を真っ青にしながら、叫んだ。
「ゼノビア!!逃げるんだ!!」
父が怪魔に食い殺されるところを見せるわけにはいかない。この子はまだたったの6歳なのに……!
しかしアシルの言葉に、ゼノビアは首をふった。涙でぐしょぐしょの顔が、突然きっと鋭くなる。
悲しみを越え、恐怖を越え、幼い少女に訪れる感情——それは憎しみと怒りだった。
許さない。
気づけば、ゼノビアの手には父の短剣。避難袋に入っていた、父の短剣。
(お父さんがいないくらいなら……)
死んだほうがましだ。
幼いゼノビアの身体に、突如憎しみと怒りが噴き上げる。身体が熱くなり、短剣を握りしめる手に熱が伝わっていく。
「お父さんを……お父さんを離せッ!!」
「ゼノビア!!」
名も知らぬ短剣を手に、ゼノビアは怪魔に襲いかかった。6歳の少女が顔を歪めて怪魔に斬りかかる。怪魔の触手が伸びる。触手が短剣を捕らえた……その時だった。
短剣の刃先に、閃光がはしった。
刃先にちらっと、炎がくすぶる。
くすぶった炎は、突如、ゼノビアの憎しみと怒りを吐き出すかのごとく、猛り狂った。それは瞬く間に触手を、怪魔を覆う。
「ガアアアアアアアアアアア!!」
怪魔の絶叫が響き渡った。紫の肉塊は黒い煙を上げてくすぶり燃える。ゼノビアは高ぶる気持ちに任せ、ただただ炎をだし続けていた。
なぜこんなことが出来るのか、これはいったいなんなのか……そんなことは、この時のゼノビアにはどうでもよかった。父を助ける、救い出すということもすでに吹き飛んでいた。ゼノビアの脳内にはただ1つ。こいつを、殺す!!
「アシルさん!!」
怒りに身を焦がされ、我を忘れていたゼノビアの耳に、突然甲高い少年の声が響いた。はっとして、振り返る。朱色の髪に、不思議な目の色をした、自分よりは歳上そうな少年だった。
その時だった。ゼノビアが、自分がとんでもないことをしたと気づいたのは。
「お父……さん。」
炎の止まった短剣が、ゼノビアの手から滑り落ちた。
カラン、と、空虚な音が鳴る。
それと同時に……焼死した怪魔から、黒焦げの死体が落下した。
