複雑・ファジー小説
- Re: 残光の聖戦士 ( No.3 )
- 日時: 2012/07/15 13:54
- 名前: 久蘭 (ID: uWXzIoXb)
1 警鐘
「それじゃ、行ってきます。」
「ゼノビアちゃん、よろしくねえ〜。」
「はい!!」
ゼノビア・シェンデルフェールは笑顔でそう言い、ドアを開けた。
今日は快晴。雲ひとつない晴れ渡った空。ゼノビアは大きく深呼吸をし、ドアを閉めた。
向こうの方から、賑やかな音が聞こえる。
今日の市も、盛り上がっているのだろう。
「おや、ゼノビアちゃん、いらっしゃい!!」
「こんにちは、ザザさん。」
ここ、クレアシオンの町には、毎日こうして市が立つ。野菜に果物、肉に魚介類。食べ物だけでなく、衣服や装飾品なども。実に様々な物を売る店が、いくつかの通りにそろって並んでいるのだ。
「今日のはなかなかいい代物だからね。ほらこれ、リンゴ!!」
果物屋の女亭主が差し出したリンゴは、なるほど。とてもつやがよく、おいしそうだった。
「本当だ。これ、いただけます?」
果物屋の女亭主に代金を払いながら、ゼノビアは周囲の細い路地を見渡した。あの珍しい、母親譲りの濃い金髪がどこかで踊らないかと期待したのだが、どこにもそれは見えない。
(……まったく、エリザ姉さんったら。)
エリザ・シェンデルフェールは、ゼノビアの従姉だ。歳は2つ離れているが、叔母にはゼノビアのほうが大人だとよく言われる。なんていったって、エリザは好奇心旺盛で、暇さえあれば町中を探検しているのだ。
苦笑しながら、ゼノビアはリンゴの包みを受け取り、礼を言って果物屋から離れた。
買い物をすべて終えて、ゼノビアはもう一度周囲を見渡してみた。エリザは今までの町中探検で、多くの裏道や近道を知っている。でも彼女はいやおうなく目立つあるものを持っていた。母親譲りの、濃い金髪。
鮮やかなその髪は、どんな所に行っても目立つ。それはエリザの母、ゼノビアの叔母の祖先が異国の血をひいていて、それが今までずっと継承されてきているからだそうだ。今となっては、2人とも完全なオステン王国民だが。
あの金髪がどこかでちらりとでも見えれば、たちまちエリザの居場所はばれる。できればエリザをとっ捕まえて帰らせてくれと言っていた叔母の口調が思い出されて、思わずゼノビアは笑った。もしあんなことが起きなければ、もっと笑っていただろうに……。
それは突然だった。
突如、耳をつんざくような大音響が、クレアシオンの町全体に、響き渡った。
「警鐘だ!!」
誰かが叫ぶ。一瞬にして静まり返った人々が……今度は悲鳴を上げた。
「怪魔だあ!!」
つんざくような悲鳴と警鐘の音が、真っ青な空に突き抜ける。ゼノビアの手からリンゴの包みが滑り落ちた。中の赤い球体が、ごろごろと地面に落ちる。
そのまま彼女が来てくれなかったら、ゼノビアはそこに立ちつくしたまま、怪魔に食われていたかもしれない。
「ゼノビア!!何してるの!!」
はっとして振り向くと、そこにはエリザがいた。どこから出てきたのか……今はそんなことを気にしてはいられない。
「エリザ……姉さん。」
「早く!!中央広場への近道知ってるから、ついてきて!!」
エリザに手をひかれ、ゼノビアはようやく我に返った。そうだ、今は逃げなくては。
「ありがとう。」
そう言って、エリザに身を任せる。
青空の下、人々の逃走が始まった。
