複雑・ファジー小説

Re: ブラッドエッジ ( No.4 )
日時: 2012/07/16 00:13
名前: 緑川 蓮 ◆vcRbhehpKE (ID: U.L93BRt)

第一章【弔う暇が在るのなら、生き返らせてくださいと】



「…やっぱり、また新しい端末が開発されたんですね、これだけ次から次へととハッキング端末を作られてしまっては対策も遅れざるを得ないです」

 桃色の髪をポニーテールにした可愛らしい顔立ちの少女は、人差し指と親指の先でつまんだ、両断された端末を眺めながら言った。

「しかも今回はワイヤレスでウイルスを送り込むタイプではなく、電磁波そのものを狂わせるタイプと来ましたか…。これは研究所の皆さん、しばらくは徹夜ですね」

 少女の見た目は十五歳くらい、義務付けられた派手な桃色という髪の色と、人間で言う耳の辺りに装着されたプロテクターで一目でアンドロイドだとわかる。

「しかしこれを持っていたのが、只の一介のチンピラ……」

 この端末によって暴走させられたアンドロイド『サイクロプス』は、ガードロイド、人物や施設の警護を目的に造られたものである。第三者の介入によって暴走する可能性など開発を始める段階で予想はできるのだから、当然その対策も施してある。
 にも拘らず、結果として『サイクロプス』は暴走し、またその残骸からも欠陥は検出されていない。これだけ高性能なものを個人で、及び個人の施設で作り出すことは不可能と言って良い。
 背景に誰かほかの人間の協力があったこと、そしてそれが並大抵の勢力でないことは明確であり、確実だった。

「今回の件は、氷山の一角の様な気がしますね……って、ルージュ、聞いていますか?」
「ん……?」

 幾つものモニターの前に座っていた少女は、返事が無い事にたまりかねて、黒く大きなソファーで横たわっている少年の方を向く。ルージュと言われた少年の髪の色は緋色、陸自用の制服の下にワイシャツとネクタイ、陸自用のズボンに黒ブーツという服装。

「…ローズ、何か用?」

 起き上がり、ソファに座った体制でルージュはローズの方を向く。

「話全然聞いてなかったんですね…」
「ごめん、寝てた」
「既に七十分以上はスリープモードだった筈ですが?」

 アンドロイドにとっての睡眠は、一日約一時間程度で事足りるのだ。

「寝る子は育つって言うから」
「私達アンドロイドですよ?」
「あと冷蔵庫からカフェオイルとってきて」
「自分で取ってください!」

 と、言いながら、「まったく…」と溜め息を吐きながらも、ローズと呼ばれた桃色の髪の少女は立ち上がった。ローズの服装も軍用のものであったが、ルージュのものと違う点はミニスカートであることぐらいだろうか。
 そんなローズが冷蔵庫を開き、中を覗き込む。が、一つとして缶カフェオイルは無い。

「あ、さっき全部飲んだかも」
「ちょっと!?」

 『断罪者(エクスキューショナー)』。暴走した人造人間の制圧及び破壊、またその原因を排除する機関、その名称。機関員は全てAランク以上のアンドロイドで構成されており、少人数とはいえど『対アンドロイドの最終兵器』の名を冠する組織である。
 だがそれも日本政府内の話、機密上世間一般にはこの組織の存在はあまり知られておらず、またその存在が陽の目を浴びることもない。つまるところ、人造人間ですらない道路清掃機と変わらない存在だった。

「…出動要請です」

 モニターのひとつに、電子音と共に赤いウインドウが表示されると同時、二人の目つきが変わった。
 素早くモニターの前に戻るローズ。モニターのタッチパネルを素早く操作する。キーボードやタッチパネルを叩く軽い音が絶え間なく響き、モニターの表示がめまぐるしく変化する。
 ローズの製造ランクはAランクだが、頭脳特化型である彼女のオペレーティング能力は、全国の『断罪者』支部の中でもトップクラスであり、またそれが彼女がこの『断罪者』本部に配属された理由でもある。

「区内D−12エリアにてBランク人造人間の暴走を確認。原因は現在特定中。第二部隊はメンテナンス中、第三部隊〜第六部隊は行動可能。第七部隊は巡回警備中。第三部隊に出動指令を———」
「いいよ、ボクが行く」

 ローズの高速かつ的確な指令を遮り、ルージュが言い放った。黒い防弾チョッキに腕を通して、左腕の袖をまくり、手袋をはめる。

「…わかりました、お願いします」
「うん。行ってくるよ」

 ルージュはローズの方を向いて微笑む。イヤホンを模した通信端末を耳に着けて、ルージュは駆け出した。




   


 警備人造人間が暴走すると厄介な理由は、その装備の強固さに由来する。D−12エリアはビル街。平日の昼間である今は通行人も少ない。
 それは確かに幸いだったが、不幸中の幸いであることには変わりはない。
 ガードロイド『ミノタウロス』。警察などでも正式採用されている高性能ガードロイド。
 それは今暴走し、大きな両腕を振り回し暴れていた。ガードレールを易々と捻じ曲げ、コンクリを軽々と砕く、警備人造人間特有の怪力。もし生身の人間がその餌食になったらと、想像するだけで背筋を薄ら寒いものが走りぬけるだろう。
 いや、実際に今、そうなろうとしていた。尻餅をついた少女。服装からしておそらく女子高生だと推測できる。授業に遅刻したのか授業をサボったのかはわからないが、この状況下において、それは瑣末なことでしかない。
 クリア『念動力テレキネシス』でミノタウロスを吹き飛ばそうとするも、その重量故にびくともしない。授業で習う程度のクリアでは、この状況下でもなんの役にも立たなかった。

「ひっ……!」

 ミノタウロスが腕を振り上げると、少女が小さく切羽詰った悲鳴を上げた。ブティックのショーウインドウの前まで追い詰められた少女に、もう逃げる手段も場所もありはしない。怪力の腕が、少女に振り下ろされる。



 しかし、突如現れた影が、高い金属音と共にミノタウロスの頭部を蹴り飛ばした。



 七メートルほどフッ飛ばされたミノタウロスは重々しく鈍い音を立ててコンクリートを転がり、少女は驚いて目を見開く。そして、緋色の髪の少年が路上に佇んでいた。
 ルージュはミノタウロスの方へ歩みを進める。ゆるりとした動作で立ち上がるミノタウロス。そして、ルージュの方へ駆け出したミノタウロス。咆哮のような音を上げて、巨体が迫りくる。
 ルージュは左腕を構える。指先から肩の長さまでの深紅の刃がその刀身を表す。そして、緋色の髪に空気を纏わせ、疾風の如く駆け出した。ルージュと牛頭鬼。二体が交差する瞬間。



 ルージュの初撃はミノタウロスが突き出していた両腕を斬り落とし、二撃目はミノタウロスの胸部を動力中枢ごと斜めに両断し、止めの三撃目はその頭部を刎ねた。