複雑・ファジー小説
- 長谷部拓海 ( No.1 )
- 日時: 2012/07/24 15:58
- 名前: 一ノ瀬瑞紀 (ID: fmI8cRcV)
「おい、拓海聞いたか? 松本昨日死んだんだって」
へー、と俺は友人の一樹の言葉を聞き流しながら、胴の腰ひもを結っていた。
つい最近までは、寒くて裸足になるのが億劫だったこの道場。季節はすっかり夏になり、道着に着替えただけで、いつの間にか全身の毛穴から汗が絞り出されているほどのサウナ状態。俺はただ今汗製造機になっている。
「俺たち高校生にとっては夢の夏休み中に死ぬってかわいそうだなぁ」
「だろー」
と、一樹のふわんとした空返事が返ってくる。
友人の俺がこう言うのもひどいのかもしれないが、一樹は非常に騙されやすい。今回の松本が死んだという話も、きっと誰かに騙されたに違いない。そう、きっと。いつものように剣道部の部長のくせして遅刻五分前の九時五十五分にギリギリに道場に到着して「セーフ!」と、言って笑うのに違いない。そう、きっと。
俺は時計を、ふと見た。時刻はすでに十時をすぎていたことに少し不安を感じた。
「切りかえーし、はじめっ!!」
俺の号令とともに、部員はヤァー!! と、言って切り返しをはじめる。
いつもなら部長の松本がかけるはずのこの号令。この号令を俺がかけたのは、松本がインフルエンザでぶっ倒れて学校を休んでいた時ぐらいだ。そう、今回松本が部活に来ないのも、きっと季節はずれのインフルエンザにかかったとか、ウイルス性胃腸炎とか、麻疹にかかったとか、そんなもんだろ。
松本はギリギリ遅刻魔だけれど、無断で遅刻なんてことは絶対にしない。だから、きっと顧問の飯田先生があとから道場に来て、何かしらの松本が休みの理由、または病名を告げるに違いない。
「ちょっといいかぁー、ちょっとやめてこっちに来てくれ」
道場の入口付近からよく通る声が聞こえる。飯田先生だ。
ほら、松本が休みの理由を告げに来たぞ。と、俺は思いながら、ヤメっ!! と、号令をかけ飯田先生のもとに駆け寄ってから、集合っ!! と号令をかけて飯田先生の前に集まらせる。
「済まない、練習中なのにな……」
飯田先生は髪のない頭をボリボリと書いて済まなそうに言う。いつも自信に満ち溢れている飯田先生がこんな表情を見せるのは非常に珍しい。
「あのな、松本がな……」
ほら、きた。ウイルス性胃腸炎か? それとも麻疹?
「松本が……死んだ。それも、自殺だ」
「やっぱりか……って、死んだ?!」
その瞬間、俺はひとつのことが頭をよぎる。
団体戦で俺はいつも先鋒の位置だった。それは大将の次に強い位置だ。大将の位置はもちろん部長の松本。
だから俺は、部長にも大将になれる。
俺はそう思ってしまった。人の死がこんなに嬉しいだなんて……