複雑・ファジー小説
- 若宮由那 ( No.4 )
- 日時: 2012/07/25 09:02
- 名前: 一ノ瀬瑞紀 (ID: fmI8cRcV)
松本先輩が死んだ。
昨日の午後七時頃、突然同じテニス部の美香からいきなり携帯に電話がかかってきた。それが、松本先輩が死んだという第一の知らせだった。
その電話の内容はこうだった。
由那の彼氏の松本先輩が空から降ってきた!! 血が流れてる……ね、どうしようっ!!
と、言うふざけた内容で、夕御飯を食べようとしていた私はそこっく電話を切った。
演技にしては美香の声が震えてたのが心に引っかかったが、お母さんの今日はあんたの好物の唐揚げよ。と、いう声によってそんな美香の電話の内容はすぐに吹き飛んだ。
明日の夏休み練習の時に昨日の演技うまかったと褒めてあげよう。そう思いながら、私は携帯の液晶画面を慣れた手つきでパタリと閉じた。
次の日、私は昨日の美香の電話内容などすっかり忘れていて、呑気にニュースを見ながら椅子に座ってカンガリと焼けた食パンにかじりついていた。一口噛むと、パンの焼けたところがポロポロとテーブルの上にこぼれていって、はしたないとお母さんに怒られる。お父さんはそんな光景が面白いみたいで、新聞からちらりと見える顔からは微笑みが見られる。そんな風にいつも私の一日は幸せに始まるのだ。
「へー隣町の高校二年生がマンションから飛び降り自殺……か。由那と一つしか変わらないのにな……」
その一言で私は昨日の美香の電話の内容を思い出した。一瞬私の肩がビクリと波打ったのが自分でもわかった。
まさかね。
そう思っても、なんか変な心地がしていてもたってもいられなかった。先輩の家は隣町、先輩はマンションに住んでいる、先輩は高校二年生。いろんなものが松本先輩と自殺した少年と一致して気持ち悪い。
私は学校指定のジャージのズボンポケットから携帯を取り出し、メールを送る。宛先は美香。内容は、昨日の嫌がらせ電話なに? と、いうもの。
返事は一分もしないうちに返ってきた。
嫌がらせ、だと思ったの? いくら美香でもそんな嘘はつかない。
おかしい。美香からのメールで絵文字が一切ないのは初めてだ。
次の瞬間テレビのニュースからアナウンサー聴きやすい声がより聴きやすく聞こえてくる。なぜなら、昨日の午後、自殺した少年の話が取り上げられているからだ。未成年だから名前は上がらない。でも、私にはわかった。
あんな鬱陶しいほど絵文字を使う美香、馬鹿だけど嘘をつかない美香がああいうふうに言っていたのだから、美香の言うことはきっと本当なんだ。
だから、松本先輩は死んだのだ。
私と付き合い始めてたった二ヶ月で死んだのだ。
私は食べかけのパンを口にくわえたまま家を飛び出す。食べたまま走るなんて行儀悪いわよ。というお母さんの声は聞こえたけれど、そんなのはどうでもいい。外に置いてある自転車に乗り、私はペダルを強く踏み込む。
行き先は美香の家。ここから自転車で十分程度。
あとから考えたら、電話で昨日のことを聞けばよかったのだが、今の私はそんなことが考えられないほど焦っていた。でも、それもあるけれど、私は焦っていなくても美香の家に向かっていたと思う。
だって、何か行動していなかったら今にも愛する松本先輩のもとに行こうとしてしまうから。そんなことしたって何にもならないと分かっていても、私はきっとそうしてしまう。馬鹿だから。
まだ、街は寝静まっていて静かだった。それが、余計に怖くて私は声を荒らげて、泣きながら向かう。愛する松本先輩の死体第一発見者の美香もとへと——