複雑・ファジー小説

長谷部拓海 ( No.9 )
日時: 2012/07/25 10:16
名前: 一ノ瀬瑞紀 (ID: fmI8cRcV)

 松本が死んだ報告を受けて、松本を除いた部員みんなの五人とマネージャー一人の計六人で緊急会議を開いた。会議の内容は松本の代わり、つまり団体戦の大将でもあり、剣道部の部長を決めようということだ。
 会議開始、二、三分で副部長の俺が部長に昇格という結論に至ったのは言うまでもない。
「おめでとう」
「おめでとうございます」
「よかったな」
「よっ、“部長”」
「がんばれ」
 松本が死んだことによって、俺はこうして部長になった。でも、俺には部員みんなのおめでとうの声が嫌味に聞こえて仕方がない。

 どうせ、拓海は松本が死んだから部長になれたんだ。

 影でそう悪愚痴を言っているのかもしれない。仲のいい一樹だって、そう思っているに違いない。そう考えだすとモヤモヤとしたものが、俺の心のなかで渦巻いていく。
 緊急会議終了後、俺たちはまた練習を再開した。なんて言ったって、もうすぐ県大会が近づいてきている。一分一秒でも練習の時間を長くとりたい。

「ヤァァー……メェェーン!!」
 部活内の試合稽古。いつもなら松本以外の部員から俺は軽々とメンが取れる。でも、この日はいいところにメンが入っているのにもかかわらず、審判をやっている一樹の旗が俺のほうに上がらない。
 なんで、なんで、なんで?
 そう思えば思うほど、一樹もみんなも俺が部長になったことを祝福してくれていないから旗を上げないだと、考えがネガティブな方向へと傾いてゆく。

 俺は所詮先鋒止まりなんだ。

 ハハッと、一人心の中で笑ってみる。
「駄目、ぜんっぜん駄目!! 今日の部活中断したほうがいいな」
 パンパンと手のひらを叩く音と甲高い声が道場にこだまし、俺と俺の対戦相手の田島という一年生は、試合の手を止める。その甲高い声の主はマネージャーの菊田優香だった。
 菊田は俺と同じ高校二年生で、剣道少女。だが、中学の時に剣道をしている最中に腕を怪我してしまい、剣道ができなくなってしまった。もし、菊田が剣道をできる体だったら、松本よりもきっと強かったであろう。その代わり、この剣道部のマネージャー兼、顧問の先生よりも的確なアドバイスをくれるコーチとなっている。
「優香、もう県大会が近いんだぞ。中断だなんて」
 と、審判をしている比較的菊田と進行の高い一樹が菊田に言い返す。それでも菊田は長い髪をなびかせながら、つかつかと不敵な笑みを浮かべ俺たちのもとに歩み寄ってきた。
「なあ、あんないい音がすた長谷部のメンになぜ旗を上げないんだ?」
 一樹に、ぐ、と近寄って上目遣いで見つめる。
 菊田の何とも言えない迫力に、一樹は押し潰されそうになりながらも、一息のんでから話し出す。
「なんか……足りない。からかな?」
 一樹が自身なさげにそう言うと菊田は突如拍手をはじめる。なんだ、なんだ? と、ほかの部員たちも俺たちの方に近寄ってきた。
「正解。長谷部には足りないんだ。剣道に一番大切なものがね。それが見つかるまで部活禁止。飯田先生にも言っておくからな」
 ビシッ、と人差し指を俺に向かってに指さす。
 コーチにこう言われてしまってはしょうがない。なぜなら、飯田先生は剣道未経験で、剣道のことに関しては菊田のいいなりである。簡単に菊田の力で部活禁止にできるであろう。
 とりあえず、今日の部活は終了として家に帰ることにした。