複雑・ファジー小説

Re: 不死鳥の少女 サキュリナ ( No.1 )
日時: 2012/07/26 16:01
名前: からあげ ◆L/fXxGshUc (ID: v/O9fUEE)

第一章

 青年が体をひきずりながら歩き続けること約三十分——ようやく、一つの希望を見つけた。誰もいない夜の森の奥に建つ一軒の家を見つけた時、青年はすがる思いでその家まで歩んだ。右肩に刻まれた爪跡の部分だけ服は破れており、生々しい傷口は丸見えだった。そして、そこに注ぎ込まれた毒により青年の体はどんどん蝕まれていった。

「ちくしょう……こんなところで、死んでたまるかってんだ」

毒は体力を削り、意識を朦朧とさせた。わずか数時間で毒は全身にまわっていき、手はしびれ、足は歩くことすらままならないほどだ。青年の茶色い髪の毛は自らの汗で濡れ、服は血で汚れていた。
くらくらする頭の中で自分が死にかけていることを理解しつつ、青年は決してあきらめようとはしなかった。
老人のように遅く危ない足取りで、ようやく家の扉の前までたどり着いた。それと同時に、青年は膝を地につき、そのまま頭から倒れこんだ。

「くそ……どうなってんだ……」

青年はうつぶせのまま、横目で傷跡を見た。えぐられた皮膚は血と紫色の毒で滲み、見ているだけで冷や汗が止まらなくなるほどだ。
もう誰もが助からないと判断するにちがいないほどの重傷だった。青年自身も、薄々は自分が助からないことに気づきはじめていた。それでも、あきらめたくなかった。

「頼、む…………たす……けてく……れ……」

声にならぬ声で青年はそう言った。扉が目の前にあるというのに、立ち上がってそれを開けることすら出来ない。大声で助けを求めることすら出来ない。悔しさと苦しみが、ただ彼の心を支配した。
やがて、青年のかすむ視界は、真っ暗になってしまった。そのすぐ後に苦しみを忘れたかのように意識を失った。


 青年が意識を失って、ほんの数分後のことだった。家の扉が、中から開かれたのであった。
 
「……誰かいるの?」

家から出てきたのは、真っ赤な髪の毛の少女だった。真っ直ぐに切りそろえられた前髪と、長く柔らかそうな巻き毛は根元から毛先まで燃えるように真っ赤だ。
すぐに赤毛の少女の視界に、足元の男が映った。顔を地面に突っ伏して倒れているその青年を見たとき、少女は体をびくりと大きく震わせ、驚いた。

「大丈夫!? 生きているの!?」

少女は慌ててしゃがみこむと、青年の体を横に揺らしながら声をかけた。しかし、青年は微動だにせず、返事もしない。
右肩の傷跡に気づくと、少女はすぐに緊急事態であると理解した。触れることすらためらってしまうような傷口からは、血が滲んでいた。

「大丈夫、大丈夫よ。すぐに助けるから……」

少女は自分に言い聞かせるようにそう言った。そして、自らの白いふっくらとした手を、傷口にのせた。
それはとても不思議な光景だった——
少女の左手が傷口を覆った瞬間、傷口から白い光が溢れた。エメラルドのような少女の瞳に、確かにその光は映っていた。夜の寂しげな森を照らすように、その白い光はまばたいたのだ。
やがてそのほのかな光は、白い手に包み込まれ、隠れるように消えていった……
少女が手をどけると、そこにあったのはずの生々しい傷口も消えていた。あの血と汗で滲んでいた肌は、傷一つない磁器のようになっていた。傷跡どころか、さっきまでの怪我はまるで夢だったかのように、跡形もなくなっていた。
青年は依然意識を失ったままであったが、少女は安堵の溜息をもらすと、小さく微笑んだ。