複雑・ファジー小説

Re: 不死鳥の少女 サキュリナ ( No.10 )
日時: 2012/07/28 13:33
名前: からあげ ◆L/fXxGshUc (ID: v/O9fUEE)

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 森の奥でそんな出来事があった頃、ある豪邸に一人の客人が招かれていた。その客人は豪邸の一番広くて綺麗な部屋に案内され、上級なソファーに座らされ、テーブルには高級なお菓子をさしだされた。

「あら、これなあに? あたしこんなのいらなくってよ」

黒髪の女はお菓子の入った缶を絨毯の上に払い落とした。白いカーペットの上にお菓子の缶が音をたてて落ちた。女と、女の向かいのソファーに座る男は、それを拾おうともしなかった。

「早く仕事のお話をしましょうよ。私だって暇じゃないんだから」

女は白い足を組んだ。背もたれにもたれかかると、部屋の中にある高級な雑貨や骨董品のほうを見やった。

「さぞかしお給料は高いんでしょうね」

微笑を浮かべながら、かつ睨むような目つきで、男の無表情な目を見つめた。黒ヒゲの生えたその男は、机の上に布袋を無造作に置いた。袋のなかで、じゃらり、とお金が揺れた。

「とりあえず、手取り金の十万だ」

女は不敵な笑みを浮かべた。ルージュの塗られた赤い唇が開かれる。

「暗殺に成功したら、いくらくれるのかしら?」

そう言うと、自分の黒い髪をいじった。ショートカットの真っ黒な髪は艶やかに美しく、毛先がカールしている。銀色の花飾りは彼女の黒髪とよく合っていた。

「……五百万だ」

少しの間を置いてから、老けた男はそう答えた。
女は呆れたように、フッと鼻で笑い飛ばすと、

「五百万? あんたこのあたしに喧嘩売ってんの?
このあたしが誰だかわかって仕事を依頼してる? たったの五百万じゃ無理よ」

老けた男のまゆげが、わずかにぴくりと動いた。

「……いくらがいいんだ」
「千万」

女は即答した。不敵な笑みを浮かべたまま、

「だってそうでしょー? 人殺すんだからぁ。しかも、相手は一国の王様」

女は立ち上がった。なめらかな肌を惜しみも無く露出した黒い服は、彼女によく似合っていた。気が強そうだが、美しい顔つきと肉体の女だ。

「むしろ、たったの千万で王様の命を奪えちゃうんだから。それも、誰にもばれることなく、確実に——安い話だと思わない?」

そう言って部屋をうろうろと歩いた。触れることすらためらってしまうほどに高級そうなタンスを撫であげ、大変価値がありそうな皿を躊躇することなく掴んだ。

「そんな安い給料ならあたしは引き受けない。まっ、あたし以外に王を殺せる者なんていないだろうけど、せいぜい他を探しなさいな。
ただし、あたしは一度断った仕事は二度と引き受けないよ」

老けた男はさっきまで女が座っていたソファを一直線に見つめていた。背筋をピンと伸ばし、微動だにせず。

「……八百万でどうだ」