複雑・ファジー小説

Re: 不死鳥の少女 サキュリナ   キャラのセリフ音声UP! ( No.13 )
日時: 2012/08/07 16:52
名前: からあげ ◆L/fXxGshUc (ID: v/O9fUEE)

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 ケヴィンは食器を洗いながら、サキュリナのことを考えていた。いや、食器を洗うときだけでなく、肉を炒めるときも、野菜をきざむときも、とにかくサキュリナのことが頭から離れなかった。彼は運命的な出会いをした気がしてならなかったのだ。もし、本当にこれが運命ならば——無意識のうちに顔がにやにやしてしまう。

「おいケヴィン〜……今日のおまえどうしちまったんだ?」

隣で食器を磨く店長が呆れたように言った。

「今日のおまえちょっと変だ。珍しく遅刻もするし、しかも服破けてたし……どうしたんだ」
「ああ、ちょっと色々ありましてね。今日は朝から仕事だってこと忘れてたんです」

店長はそう言いながらにやにやするケヴィンの横顔を見て、さらに呆れた。
もう朝からこの料理屋で働いて、時間はとっくに夜だった。閉店後はケヴィンはいつも店長と二人で食器洗いをしていた。いつもながら何か話しながらしているようだが、店長は今日のケヴィンはどうも可笑しいくらいに機嫌がよかったので、そっとしておこうと考えた。
ケヴィンの脳内は、サキュリナ、サキュリナ、サキュリナ——あの赤毛の少女の存在だけ。優しいあの微笑みが頭から離れない! 
出会って数時間少し話しただけなのに、あの少女はこうまで青年を夢中にさせた。彼は何度も、その日あったことを思い出しては笑みをこぼし、それを繰り返していた。
真っ赤な美しい髪と、整った幼い顔つき、華奢な体は、まるで人形のようだった。彼が今までみたどんな女性よりも、あの少女は可憐だった。

 ただ一つ、ケヴィンは気になることがあった。
あの痛々しい傷を、サキュリナがどう治したかということだ。いや——本当に、あの傷を彼女が治してくれたのだろうか? それどころか、あんな傷をすぐにでも治せる者や薬がこの世に存在するのだろうか。
ケヴィンはそのことを、何となくサキュリナに聞かなかった。聞きづらかった。その話題に触れてしまうと、関係が保てなくなる気がしたのだった。
だからケヴィンは、当分はそのことを気に留めないつもりでいることにした。傷の話は、もっと仲良くなってから聞けばいいさ、そんな風に考えていたのだった。


 *


 一方サキュリナの様子はどうかというと、ほとんどケヴィンと似たようなものだった。彼を見送って、彼女はすぐに家に入って、ベッドに寝転んだ。一人で笑みを浮かべながら。
彼女の脳内には、あの茶髪の美青年の姿が幾度と無く浮かんでいた。あの青年が明日も訪れてくれると考えるだけで、口角があがってしまった。

「こうはしてられないわ」

サキュリナは立ち上がって、化粧台の前に座った。その美しさに、さらに磨きをかけようというのだ。世間知らずで鈍感な彼女は、ひたすら鏡とにらめっこしていた。
お洒落をしよう、と考えたのはいいものの、化粧道具すらないし仕方も知らない彼女はなにをどうすればいいのかさえわからなかった。とりあえず、その美しい髪をくしで何度もといだ。
次に、クローゼットからお気に入りの服を出してみたが、どれも彼女のおばあちゃんが作ったり、どこかからもらってきたもので——新しいものではなかった。サキュリナはがっかりした。
その次に、サキュリナは自分の容姿が美しいだけではダメだと考えた。だから普段よりマメに掃除をした。何度も何度もほうきで床をふき、ぞうきんで拭いてぴかぴかにした。テーブルの上に生けた花をおいてみたり、彼が使うキッチンは一番綺麗にしあげた。
そんなことをして、いつの間にか夜になっていた。部屋はさっきよりも明るくなり、サキュリナも満足した。