複雑・ファジー小説

Re: 不死鳥の少女 サキュリナ ( No.3 )
日時: 2012/07/31 13:51
名前: からあげ ◆L/fXxGshUc (ID: v/O9fUEE)

少女は落胆したかのような表情を浮かべると、肩をすくめた。

「……もういいわ。無茶な請求をしてごめんなさい……帰って」

毛布を胸に抱えると、部屋の隅にある階段のほうへ歩いていった。白い生地のロングドレスから伸びた華奢な足首が、とても頼りなく見えた。
急に少女が大人しくなったので、さすがに青年も気に留めた。

「お、おい」

青年が呼びかけると、少女は顔だけ振り返った。

「気分を悪くしてしまって、ごめんなさい。お金のことはもういいわ。この病院のことは、忘れてちょうだい」

それだけ言うと、静かに階段をのぼっていった。
青年は少女が見えなくなるまでただ黙ってその姿を見つめていた。何ともいえぬ、後味の悪さだけがそこに残った。
ふと、自分の足元を見てみた。さっきまで、そこで自分は眠っていたのだ。そして、そばにはあの赤毛の少女がいた。
あの少女は青年が今までに見たどんな美人よりも、魅力的だった。少し童顔であるが、充分に美しかった。思わず、見とれてしまうほどに。
確かに大金を請求してきた時は焦ってしまい、いつの間にか口論に発展していたが——あんなに怒鳴ることはなかったんじゃないのだろうか? あんな無垢な顔をした少女が、人を騙すようなことをするのだろうか。そんなふうに青年は思い始めた。
青年はこのまま家を出ようという気が起きなかった。外へいく気が進まなかったので、なんとなく家の中をゆっくり物色していた。
家は決して広くはなかった。一人で暮らすのにちょうどいい大きさくらいだ。もしかしてあの少女は、こんな森の奥の家で一人で住んでいるのだろうか? この部屋にあるのは、綺麗だが小さなキッチン、レンガで出来た暖炉、木で出来た食卓とイス、壁にかけられた古時計、小さめのパインタンス……青年はパインタンスの上に置かれてある一つの写真たてに気づいた。
写真たてには、一枚の色あせた写真が入っていた。青年はパインタンスに歩みよると、その写真を手にとって見た。

「……家族写真、か?」

そう思って見てみたが、違った。顔がしわだらけの、でも優しそうな笑みを浮かべたおばあさんと、その隣に無邪気に笑う赤毛の女の子が映っていただけの写真だった。その写真にはその二人以外誰も写っていなかった。
その写真の女の子は、間違いなくあの少女だった。今よりもう少し幼く背もさらに小さい頃の写真だ。何より、この赤毛が同一人物であることを示していた。
青年は少女の言葉を思い出した。「この病院には私しかいないわ」「あなたが初めての患者さんってわけ」
脳内に浮かぶ最後に見せた少女の表情は、とても切なそうだった。青年はこの時初めて、自分が彼女を傷つけてしまったということに気づいた。罪悪感が彼を襲った。どちらが悪いだの、彼女が医者であるかの真偽なんてもはやどうでもよく思えた。とにかく、自分は彼女に謝らねばいけない——
しかし、そうは言っても、この部屋のの上で一人で悲しんでいる少女に、今更どんな言葉をかける? ごめんなさい、って謝ってその後は? 自分にあのか弱そうな少女を慰めることが出来るのか?
さまざまな考えが頭の中を駆け巡った。どれも良い考えではなかった。もうどうすればいいのかわからない、お手上げ状態だ。

その時——偶然、キッチンが少年の目に入った。青年は突然なにかを閃いたようにキッチンの前に立つと、そこに置いてある調味料や、カゴに入った熟したフルーツたちを見つめた。
塩、砂糖、小麦粉などの調味料や粉類は、一つ一つラベルつきの袋にまとめられ、整理されていた。木で出来たまな板とよく研がれたナイフはとても使いやすそうで、火はコンロではなく焚き火だった。不便そうな小さなキッチンに思えたが、綺麗で充実していた。
キッチンに置いてあるカゴの中の真っ赤なリンゴが青年の目にとまった。あの少女の髪のように赤いリンゴは、とても美味しそうに熟していた。青年が今までに見たリンゴの中でそれは最も赤かった。

「そうか、この手があった」

急にそう言うと、カゴに入ってある真っ赤なリンゴを手にとった。