複雑・ファジー小説
- Re: 不死鳥の少女 サキュリナ ( No.4 )
- 日時: 2012/07/31 13:51
- 名前: からあげ ◆L/fXxGshUc (ID: v/O9fUEE)
赤毛の少女は、二階の寝室に閉じこもった。カーテンを締め切った薄暗い寝室のシングルベッドの上で、膝を抱えて座っていた。寝室にはベッドが二つあったが、もう片方はいまや誰も使っていないものだった。
憂鬱な気持ちのまま、少女は数時間前の出来事を思い出していた。ちょうど、いつものようにこのベッドで眠っていた頃だ。安眠していたのに、急に何かに起こされたように目が覚めてしまった。彼女は一階へ降りて、キッチンで水を一杯飲もうと思った。しかし、ふと、何かの気配に気づいた。何か禍々しいような、邪気のようなものを感じ取った。その気配は家の外からだった。おそるおそる家の外に出てみると、そこにはあの青年がいたのだった。
少女は青年の肩の傷を見たとき、すぐに自分が感じた邪気がその傷口から溢れているのだと気づいた。もう助けずにはいられなかった。家の中に彼を運んで、その容姿を見たとき——心から、この青年の命を救ってよかったと思えた。
なのに、あんな口論をしてしまった。少女は自分が傲慢だったのかと反省していたが、時折独り言を呟いた。
「ううん……違う。おばあちゃんの言いつけを思い出すのよ」
とにかく、自分の全ては傲慢ではないと言い聞かせたかった。それでも少女の脳内では、何度もあの青年の寝顔としかめっ面が交互に再生されていた。もうそろそろあの青年が、愛想をつかして帰って行った頃じゃないのだろうか——そう思っても一階へ降りる気がせず、やはりベッドの上で固まっているだけだった。
どれだけの時間、そうしていただろうか。すっかり顔を俯けていたあの少女が、ゆっくりと顔を上げた。
大きな目を涙で滲ませていたその少女は、何かに気づいたかのように鼻を吸った——鼻腔の中に広がる香ばしいにおいに誘われるかのように、彼女はベッドから降りた。
「お菓子の……におい?」
何も考えずに、一階へ続く階段をゆっくりと下りてみた。一階へ近づけば近づくほど、そのにおいは濃くなり、おいしくなった。そのにおいに魅了されながらも、少女はいったいなにごとかと思った。
一階に到着した瞬間——少女は言葉をなくすほど驚いた。大きな目をさらに見開かして、桃色の唇を半分ぽかんと開けてしまうほどに。
「……なにをしているの?」
そう声をかけると、キッチンにいた青年はびくりと体を震わせた。何かが乗った白い平らな皿を両手にもつと、青年はゆっくりと少女のほうに振り返った。
「あー……アップルパイ、好き?」
「アップルパイ……?」
互いに惹き付けられるように、二人は距離を縮めていった。二人の間にはおいしそうには焼けたアップルパイがあった。
「美味しそうなリンゴがあったから、作ってみたんだ」
「あなたがこれを?」
少女はアップルパイと青年の顔を交互に見た。青年はぎこちない笑顔を崩すと、
「……えっと、勝手にキッチンと食材を使ってごめん。あと……さっきは言い過ぎた、ほんとごめん。
謝りたいけど、気の利いた言葉が思いつかなくって……ははっ、情けないな。
俺、料理が得意だから……それで、機嫌直してもらおうと思ったんだ。
ああ……あと、それから——」
言いかけた青年の唇を、少女の細い指が封じた。少女は優しい笑みを浮かべた。
出会って間もないこの青年を、とても愛しく思えたのだった。
「私もごめんなさい。二階へ逃げるんじゃなくって、ちゃんと謝るべきだったのね。あなたがこうしてくれて、私とっても嬉しい。
——私、サキュリナ。あなたの名前は?」
初めて少女が名乗った。よく考えてみると、二人はまだ互いの名前すら知らなかったのだった。
赤毛の少女の名は、サキュリナ。珍しい名前だった。
暗い表情だった青年は、一気に明るい笑顔を浮かべると、
「ケヴィンだ」
「ねえケヴィン、あなたさえよければの話なんだけど……どうせなら一緒にこれを食べない?」
「俺と一緒に、アップルパイを?」
「ええ、そうよ。ダメかしら?」
「そんなことない! お安いご用さ!」
ケヴィンとサキュリナはお互いの顔を見つめながら、笑い合った。アップルパイの香ばしいにおいと、暖かい雰囲気が部屋中に溢れた。
サキュリナは、胸がときめくような初めての感覚に酔った。