複雑・ファジー小説

Re: 不死鳥の少女 サキュリナ ( No.9 )
日時: 2012/07/27 14:26
名前: からあげ ◆L/fXxGshUc (ID: v/O9fUEE)

サキュリナは大きな目で何度か瞬きをした。あどけない顔つきのせいか、より幼く見えた。世間の穢れなどなにも知らないほどの無垢な一人の少女に思えた。

「治療代のことは、もういいのよ?」
「ダメダメ! 俺も命のありがたみを、ちゃんとわかんなきゃな。
材料はサキュリナの家にあるものを使う! 俺は全力でごちそうを作る! どうだ?」

サキュリナはアップルパイの味を思い出した。今まで食べたどんな洋菓子よりも、美味しかった。おばあちゃんが誰かからもらってきたクッキーより、自分で作ったパンケーキより、何倍も美味しかった。
もちろんアップルパイを作ったこともあったけど、彼のものには及ばなかった。同じリンゴを使って作ったはずなのに、どうしてこう違うものか。少し悔しさを覚えながらも、とにかくサキュリナは彼の料理を好きになった! 
だが、提案にはあまり乗り気がしなかったようだ。

「……ダメよ。こんな森の中まで、毎日来るなんてそれだけでも——」

言いかけたサキュリナの柔らかい唇を、ケヴィンの人差し指が封じた。

「俺はサキュリナに恩返しがしたい。あんたのおかげでまた料理が作れるようになったんだ……! さっきはああ言ったけど、あんたの家の前で倒れてて本当によかった。
あんたに料理を作ってやりたいんだ。なあ、いいだろ? 俺にとっても、いい練習になるし」

ケヴィンのブラウンの瞳が、誰でもない私を見つめている——そう考えただけで、サキュリナはのぼせてしまいそうだった。今まであまり若い男を見たことがないサキュリナだったが、ケヴィンの顔立ちのよさに気づいていた。顔だけでなく、声、体格、服装なども気に入っていた。
そんなふうに思っていた彼が、いきなりそう提案してきたのだ。サキュリナは申し訳ないと思う反面、とても嬉しかった。もう断ることなどできるはずがないのだ。

「……じゃ、じゃあ、お願いしようかしら」

そう返事をした頃には、サキュリナの顔はリンゴのように赤かった。

「よし、やった! 約束だぞ!」

ようやく、ケヴィンの指が離れた。ケヴィンは小さくガッツポーズをすると、

「あれ? 顔が赤いけどどうしたんだい?」
「な、な、なんでもないの! 今日は天気がいいから暑くって!
それよりもケヴィン、まだ帰らなくて大丈夫なの?」

サキュリナはほてった顔を自分の手で仰ぐと、必死に話をそらした。
途端に、ケヴィンの顔色が変わる。

「……待て。今日は何曜日だ?」
「月曜日よ」

ケヴィンの脳内でカレンダーがめくられていった。俺が熊に襲われてからどのくらい時間がたったんだ? いや、そんなことはおいといて、今日は月曜日だと……!?

「ああぁぁああああ〜っ! 仕事忘れてたああああっ!」

立ち上がって、ケヴィンは皿を持ったままそう叫んだ。悲鳴にも近い叫び声に、サキュリナは大きく驚いた。 
叫び声は森の中を突き抜けていった。森の動物たちにとってはさぞ轟音だったことだろう。どこかで鳥達が驚き、はばたいた音まで聞こえるほどだ。
ケヴィンは皿の上にフォークを乗せ、それを半ば強引にサキュリナに手渡すと、

「ご、ごめん! 俺、今日は仕事なんだ! また明日、絶対に来るから! 急いで帰らないと!」
「ええ、構わないわよ。それより、もう熊に襲われたりしてはだめよ?」

サキュリナは戸惑いながらも微笑んだ。ケヴィンも、慌てながらも微笑み返した。

「わかった、今日は本当にありがとう。じゃあ、いってくる!」

言い終える前に、ケヴィンは走りかけていた。右肩が破けた服のままで、彼は走り出した。
サキュリナはその後姿を見つめながら、「いってらっしゃい!」と言った。そして、走る彼の背中が見えなくなるまで、ずっと見守っていたのだった。