複雑・ファジー小説
- Re: 君を探し、夢に囚われる【参照9500突破】 ( No.102 )
- 日時: 2015/12/03 01:02
- 名前: 黒雪 ◆SNOW.jyxyk (ID: jwhubU7D)
三章 第一遍 第四幕
「やっぱり残ってた……」
わざと目立たないように灰色のテープでつけた印は、記憶の通りに残っていた。そのことに少しだけ安心した。この非常用通路をよく通るスイゼンにも気づかれていないと分かったことは、かなり大きい。
彼に見つかっていたら、今ごろ私はここにいないだろう。
心の中でほくそ笑む。なにせ、今からやろうとしていることは、好星企業の存在を揺るがすことだから。そんな計画を、彼らが黙って見ているわけがない。
咲月の洋服のポケットに入っている『何か』を握りしめて、通路を急いだ——。
時は少し遡る。8月の始め、イタリアの空港に咲月の姿があった。
誰かを待っているかのように、辺りを見回している。人目を引く濃いピンクのスーツケースに、真っ白なワンピース。そして、手には紫色の封筒が握られていた。
手紙に記された待ち合わせの時間は、とっくに過ぎている。しかし、飛行機の時間や服装、持ち物に至るまで、細かく指定されており、尚且つ旅費と滞在費その他諸々すべてが差出人負担である。奇妙な話だ。
咲月も不審に思い、いくら全額無料とはいえイタリアに向かうつもりは一切なかった。でも——。
「早川咲月様でございますね。わたくし、黒崎詩織様にお使えしております、玲菜と言います。お待たせして申し訳ありませんわ」
待ち合わせに指定された、ラウンジの入り口にいた咲月の背後からいきなり声がした。いつの間に現れたのだろう。
振り返ると、咲月が思わず後ずさりしてしまうほどの距離に、玲菜はいた。これほど近づかれていたのに、彼女の存在には声をかけられるまで気がつかないほど、存在感がなかった。
ベールの向こう側に隠れた顔は、何を思っているのかわからない。平坦な口調からは、何も読み取ることができなかった。
「いえ、大丈夫です。詩織さんは……?」
「シンシアの屋敷にてお待ちですが少々……失礼いたします」
咲月の首筋に、鈍い衝撃が走った。玲菜が手刀を食わせたのだ。崩れ落ちそうになる咲月を支えると玲菜は——消えた。空港に、最初から存在していなかったかのように、彼女たちの姿はどこにもなかった。
誰も、何も気にしない。
「手荒な真似をしてしまい、申し訳ありませんでした。この町の存在は、気づかれてはいけないのです」
暗い意識の中で、誰かの声だけがはっきりと聞こえた。