複雑・ファジー小説

Re: 君を探し、夢に囚われる【更新不定期】 ( No.110 )
日時: 2016/01/17 22:36
名前: 黒雪 ◆SNOW.jyxyk (ID: jwhubU7D)

三章 第二幕 第三遍




 3人の目の前で浮かんでいる黒い球が、ぼんやりと光を放っている。再び手元の端末を操作すると、ブルブルっと歪に震え始めた。硬い物質に見えた球は、スライムのように形を変化させて平べったくなった。その真ん中にできた窪みの上に、小さな紫色の鍵がある。
 サクラは指を伸ばして、それを触ろうとした。だが、確かに鍵の感触を感じても掴むことはできない。何度も、何度も空を切る。

「そんな……鍵の形や細かい凹凸まではっきり分かるのに、実体はここにないなんて。でも、これじゃあこの鍵が本物かは区別できないわ」
「ふふふ、そう言われるだろうと思いましたわ。でも、私ですらこの鍵を取り出すことはできないのです」

 そう言って、詩織は扉の横に手のひらを当てた。すると壁が波打ち、手を飲み込んでしまった。手が見えなくなると同時に、扉に表示される『Eroer』。チカチカと点滅を繰り返す赤い文字を見ながら、力を込めて手を引き抜くと文字は消えた。

「本来なら、このロックは私の手の静脈で解除できます。ですが、火事のせいでシステムにバグが生じてしまったようで、私の静脈に反応しなくなってしまったのです。設定をし直そうにも、そもそも他の人物の静脈に変更できないようにプログラミングしてしまったので、どうすることもできないのです。私としたことが、お恥ずかしい限りですわ」

 扉を見つめたまま、淡々と話す詩織。あまり後悔しているようには見えなかった。

「まぁこの先鍵を使うような機会もないでしょうし、問題はないと思いますの。如何でしょう?」
「あぁ、そういうことなら大丈夫だろう。スイゼンは詩織様が鍵を咲月様に渡したと考えていたが……やつの考えすぎだな」

 たまには休んだほうがいい、そう言ってアオイは派手に笑い飛ばした。

「そうね、そうと分かればさっさと上の階でお茶でもして帰りましょ。こんな辛気臭い地下に、いつまでもいる必要はないわ」

 笑いながら階段を上っていたアオイが、ふいに真顔になる。

「どうしたの?」
「いや……火災の前に鍵がすり替わっていたとしたら、それを確認する術がないんだなと。ま、偶然の産物だろうし、ないとは思うけどな」
「そうね……でもこういうのって意図してできるわけじゃないんでしょ? たぶん大丈夫よ。大体、詩織様に鍵を渡すメリットなんてないじゃない。私はむしろあの地下室のほうが気になったわよ」

 1階と2階の踊り場で立ち止まった。そのときの微妙な風で、ランプシェードから細かい埃が舞い上がる。

「どういうことだ?」
「何かおかしな臭いがしたの。ほら、私って紅茶が好きだから、香りとかそういうのには普段から気をつけているのよ。本当に注意しなきゃ判らないぐらい微かにだけど、卵が腐ったような、その手の類の臭いがした」

 茶色い髪が儚げに揺れる。

「気にするほどのことではないんだけど、詩織様って綺麗好きでしょ? 何か引っかかっているの……」