複雑・ファジー小説
- Re: 【3-2-3掲載】君を探し、夢に囚われる ( No.111 )
- 日時: 2016/04/15 01:19
- 名前: 黒雪 ◆SNOW.jyxyk (ID: jwhubU7D)
三章 第二幕 第四遍
階段を昇っていく背中を見つめながら、詩織は微笑む。2人がいなくなった地下室の壁を指でなぞって、ゆったりと歩いていた。そして、鉄の扉の前で立ち止まる。
いくら隠しても、隠しきれないもの。鉄の扉といえど、空気は通す。扉の奥から微かに流れ出るのは、薔薇の香りと腐臭。薔薇の香りで懸命に隠そうしても、その香はそこに存在していた。
「あの扉は、もう二度と開けられない。それは——私が黒崎詩織ではないから」
火事のあったあの夜、この鉄の扉の奥で彼女は絶命した。誤算だったのは、彼女がはるか離れた異国の地で重要な人物であったこと。彼女を殺せば、自分が成り代われると思っていたのに、結局は無理だった。今はこうして火事のせいにして誤魔化すことができているが、それもいつまで続けられるかは分からない。
——所詮、私は私。そういうことなのね、お姉さま。
詩織、否、詩織を名乗っている人物の、本当の名前は麗奈(れいな)。半年前までは玲菜(れな)という名でこの屋敷で働いていたが、現在は火事で命を落としたと記録されているはずの人間だった。なぜ、そんな入れ替わるような事態になったのかは知る由もない。だが、こうして少しずつ見えてくる綻びは、確かに彼女が『黒崎詩織』ではないことを示している。
キィと音を立てて、鉄の扉が開く。すでに詩織は白い骨と化していたが、その過程で発生した臭いは、いくら換気しても決して消えなかった。
「ねぇ、お姉さま。あなたは、一体どんな人だったの? なんで……なんで、こんなに、死んでも邪魔な存在なの? なんで、生まれてきたの? ねぇ、どうしてこんな面倒なことをやったのよ!」
部屋の中に、骨が飛び散る。大きいものも、割れたものも、バラバラに。足元に転がってきたのは踏みつぶした。だから、麗奈は知らない。
部屋の片隅に転がったロケットの中に、彼女の問いの答えが、全て記されていたことを。ロケットの存在は知られないまま——扉は閉ざされた。
「すみませんね、お待たせしてしまって。もうお帰りになるのですか?」
「えぇ、これ以上ここにいても何にもならないし、サロンの営業もしなければいけませんからねー。四天王不在だと、客が少ないらしくって」
サクラが軽くウィンクしながら答えた。そして次の瞬間には、その場から姿は消えている。現実世界へと戻ったようだ。その後にアオイが続く。
「真面目にやらないと怒られるもんで。ま、バタバタしてしまいましたが、また会う日までお元気にお過ごしくださいませ」
彼にしては珍しく形式ばった挨拶をして、姿を消した。もう二度と会わない、そんな感じのニュアンスを含んだ言葉だった。
「ねぇ、アオイ。スイゼンは、彼は一体なにがしたいのかしら?」
「そんなの俺に聞かれてもわからねぇよ」
飛行機の中で、ほとんど呟きに近い形で会話がなされる。答えは求めてないけれど、反応はしてほしい。
「ただな、俺が思うに、奴は社長とは考え方が違う人間だ。面倒なことになるんじゃねぇの?」
それを肯定するかのように、機内はその後静まりかえっていた。