複雑・ファジー小説

Re: 君を探し、夢に囚われる ( No.21 )
日時: 2013/09/04 12:38
名前: 黒雪 (ID: oQpk3jY4)


 柔らかで落ち着きのある声が辺りを包み込む。まるで小鳥がさえずるような美しい声に動きのあるものは暫し活動を止め、カップに注がれる紅茶までもが一瞬流れを止めたように見えた。

「それとも、本日はわたくしが演奏いたしましょうか? ちょうどフルートの調律が終わったところですのよ」
「キキョウ、貴方は何故いつも私の予想より1秒、きっかり1秒遅れて行動するのですか? 常に私の中で、不思議以外の何物でもない疑問となっているのですが」

 崩れないポーカーフェイスを持つスイゼンが疑問を口にすると、柔らかな声の余韻が一瞬で消えた。
 まるで冬が来た様に、全てが氷で閉ざされるように。そして、世界を終わらせて闇に突き落とすように。
 事実、サロン内の温度は3℃ほど下がったように感じられた。

「さぁ? わたくしはいつも通り接客をこなしているだけですわ。あら、鈴が鳴っていますわよ、スイゼン。後はわたくしにお任せくださいな」
「……その件については今度じっくり考えることにいたします。では」

 早歩きで颯爽と去って行くスイゼンの後姿を見送りながら、咲月はふと、疑問に感じたことがあった。

「そういえば、スイゼンさんって完璧なポーカーフェイスじゃありませんよね? なんとなくですけど、無表情のときでも感情が読み取れるというか……」

 それを聞くなり、キキョウはクスクスと笑い始めた。小鳥が集まって囀るように。大自然という名の楽器が曲を奏でるように。
 咲月は思わずその声に聞き入ってしまった——いや、咲月だけではない。地下一階にいた人全てが笑い声に聞き入っていた。
 ずっとその笑い声を聞いていたい欲望に逆らうように、自分の声で笑い声を断ち切る。

「……何でそんなに笑っているんですか?」
「彼のポーカーフェイスは、彼が意識して作っているのです。本当の自分を押さえ込んで、ひたすら無表情、無感動を装っているのですわ。接客に長けているわたくし達ならともかく、お客様である貴方にそれを見破られるなんて、スイゼンもまだまだですのね」

 そう言いながらもキキョウはクスクスと笑っている。
 オレンジ色に、赤や黄に染まった椛の葉が鮮やかな色彩で描かれている着物を着たキキョウは、笑っている仕草さえも上品に魅せる。黒髪のロングヘアーを頭の上でお団子にして、赤い椛の簪を挿した髪型。頭を少し動かすたびに、赤い椛はユラユラと揺れた。

「さて、咲月様。本日はどのようなメニューにいたしますか? わたくしとしては『アラカルト』の『紅茶クッキー』をお勧めいたしますわ。つい先ほどサクラが焼き上げたのですよ。なんでも、新しく入荷した紅茶の茶葉を使用しているとか。流石は『ベルガモットの妖精』ですわね。わたくしも試食いたしましたが、大変美味でしたわ」