複雑・ファジー小説
- Re: 君を探し、夢に囚われる 第三遍 第三幕解禁 ( No.23 )
- 日時: 2013/12/01 20:46
- 名前: 黒雪 (ID: uqhwXtKf)
ア・ラ・カルト
私は何をすればいいの? 私は何をしたいの?
私に何を期待させるの? 私に何を期待するの?
——私の感情はどっち?
『紅茶クッキー』
拝啓
紅葉の候、如何お過ごしでしょうか。
天楼家。
日本の中で知らない人は赤ん坊ぐらいのもの。老いも若きも、誰もがその名を知り羨む名家。
そんな名家に私は、一人娘として生まれました。
小さいころから周囲の人々に羨望と嫉みの目で見られ、虐められたこともあります。
——ですが私は今、好星企業の幹部『四天王』の一員として、企業が運営するサロン『Dream Prison』の人気トップ4の一角として楽しい日々を過ごしています。
何一つ不自由することなく生活してきた私にとって、サロンでの接客の日々は新鮮で楽しいものとなっています。
これも偏に、社長様のお陰だと思っております。この度は、私にお声を掛けて下さり、誠に有難う御座いました。
敬具
私は……。私は……いつまでこんな文章を書き続けなくっちゃいけないのよ!
いつだってそう。やりたくもない事をやらされて、周りからは過度に期待されて。でも、そう言っておきながら、いつも私は1人じゃ何も出来ない。
誰かの糸がないと自分で動けない。そう、私は操り人形。本物の人形と違うのは、感情があるって事だけ。
今の私は政府の操り人形。『Traum Morgen』の執行権限を唯一持つ、好星企業を監視するための。
やりたい事はない。でも、何かしたい。そんな事を思いながら、誰かの目的のために動く退屈な日々。
そんな生活に飽き飽きしていた所に、好星企業の話は舞い込んできた。正直、就職なんて縁が無かったし、単純に面白そうだと思った。だから、すぐさま『yes』の返事を政府には返した。
実際、企業で私を『人形』にする人はいなかった。だって、私が最高の権力を持つ幹部の1人ですもの。誰も私には歯向かえない。
でも——退屈だった。毎日同じようなことをして、同じようなことを言われて。社長には何故か手紙を書かなくちゃいけないし。同じ文章しか書いていないのに、何一つ反応もないから文句も言われない。
サロンで働き始めたとき、似たような境遇を持つ人が他にもいるって知って、少しだけホッとした。
何かと頼られるのよね、私って。紅茶はもともと好きだったから極めよう、って思って勉強して。
——あ、自分から何か始めたのって初めてかも。
紅茶のサービスのことは、今じゃみんなが私に聞いてくる。悪い気はしないけどね。
たまに、自分と同じぐらい紅茶に詳しい人がいて、紅茶について話せたりしないか、って思ってるのは秘密。
誰かが勉強してこないかな、って思ってるのも内緒。
そして、今は——。
「見てみて! クッキー焼いたの。味見してみて」
「これは珍しい。風邪でもひいたのですか、サクラ」
「出たわね、アオイの慇懃無礼。でも良いじゃない。食べてよ」
少し、内心でむくれながらアオイにそう言葉を返すと、苦笑いしながらも食べてくれる。
「意外と美味いな。紅茶クッキー?」
「そう! 普段なら、アールグレイやダージリンを使うところなんだけど、折角だから、新しく入荷したフランボワーズの香りの茶葉を使ってみたの」
「あら、御二方揃ってどうなされたのですか。なにやらおいしそうな香りが漂っておりますが」
接客フロアから厨房へと続くドアを開けて、中に入ってきたのはキキョウ。いつもどおり美しい声が、厨房の中を満たす。
「クッキー焼いてみたの。良かったら食べない?」
「あら、珍しい。料理はされないのではなかったかと」
「ちょっとね。気が変わったの」
「大変美味しゅうございますわ。お客様に『ア・ラ・カルト』でお出しになってはいかがです? あ、そういえば咲月様がお見えになられてますわよ。でも、手が離せなさそうですわね」
調理台の上、いっぱいに広げられたレターセットとレシピ、さらに片付けられていない調理器具を見て、キキョウが溜息を吐きながら言った。
「そうね。もうちょっとしたら行くわ。じゃあ、『ア・ラ・カルト』の方、よろしくね」
「承知いたしましたわ」
キキョウが厨房を出て行くと、いつの間にかアオイもいなくなっていて、自分が1人なことに気がついた。
——そうね、私は自由気ままに過ごしたいのね。猫のように、気まぐれに。
だから、もう少しだけ。私に背伸びをさせて。
追伸
最近、料理を始めました。暫くしていなかったので、腕が落ちてはいますが、楽しんでおります。
だんだん、寒さが厳しくなってまいりますが、お体にお気を付けて。