複雑・ファジー小説
- Re: 君を探し、夢に囚われる ( No.3 )
- 日時: 2013/09/03 19:33
- 名前: 黒雪 (ID: oQpk3jY4)
プロローグ 第一遍
真っ暗な空に輝く無数の星と、怪しげな光を放つ満月。街灯さえも無く、コンテナが密集して薄暗くなっている道にも月明かりは差し込んできた。
「ハァッ、ハァッ」
荒い息と、狭い道を駆け抜ける音が真横に立ち並ぶコンテナに反響して何十倍にも聞こえ、ますます恐怖心を煽る。
月明かりに照らされる自分と、立ち止まった姿の影。不気味に揺らめく影は、月が高く、高く上るにつれてはっきりと形作ってゆく。
ムクムクと立ち上ってきた雲が、今、まさに月を覆い隠そうとしていた。
影がだんだん薄くなり消えてゆき、消えた。
あぁ、俺の命もこの影のように消えてゆくのか。——アイツミタイニ。
カツン。カツン。ゆっくりと近づいてくる足跡に怯えながら俺はまた、走り出した。
夜、11時。
コンビニでのバイトを終え、帰路に着いた俺を待っていたのは、街灯の下に佇む一人の男だった。
最初はなんとも思わなかった。
しかし、前を通る時に薄っすらと笑いを浮かべた、見覚えはあるが思い出せない顔に戦慄が走る。通り過ぎてしばらく経った時に振り返ると真後ろにいる。俺が走ればそいつも走るし、立ち止まれば止まる。
後をつけられているのは何も考えなくても分かった。だから、俺は意を決してそいつに話しかけた。
「何か用ですか? さっきから後をつけられて迷惑してるんです」
返事の変わりに俺が受け取ったのは、鋭い痛みだった。
腕を押さえると、生暖かい、ヌルッとした感触とズキズキした鈍い痛みが走る。
そいつの手には、街灯に照らされて鈍い銀色の光を放つ小振りのナイフが握られていた。刃先からは、真っ赤な鮮血が滴となって滴り落ち、地面に血だまりが出来つつあった。
今度こそ止めを刺そうとして、真っ直ぐに心臓を狙ってきた切っ先を必死でかわすと、俺は走った。生きるために。
息を切らして飛び込んだ通路の先は行き止まり。
「早く引き返さないと、あいつが来た時に……」
「誰が来た時に?」
「ヒッ!」
尻餅をついて振り返った真正面にあいつは立っていた。いつの間に着替えたのだろうか。T-シャツにジャージという格好から、真っ黒なローブへと服装が変わっている。変わっていないのは、艶々と黒光りする革靴と手に持った銀色のナイフ。少し時間が経ったためか、切っ先はどす黒く変色していた。
通路の奥へ、奥へと俺が後ずさる度に、カツン。カツンと乾いた足音を響かせてそいつも迫ってきた。一歩歩くごとに顔に笑みが浮かんでゆく。
「ッ!」
背中に固い壁の感触が伝わってきた。
モウニゲバハナイ。
「何を……何が目的なんだよ! 大体……誰だよ、お前……」
そいつはフッ、と軽い笑い声をもらすと俺の目の前に顔を近づけてきた。
「もう、俺の顔を忘れたのかなァ? 清水君は。お前が三日前に殺した颯だよ」
どっかで見た顔だと思っていたが、お前だったのか。颯。
颯が話す傍から、顔がどんどん変わってゆく。頬がこけ、目が落ち窪み、瑞々しく白かった肌からは水分が抜けると干からびて茶色くなり、まるでゾンビのようになっていった。
「何が目的かって言ったよなァ。決まってるじゃないか。お前を道連れにして、復讐するためになァ!」
颯はナイフを振りかぶると俺に向かって真っ直ぐに突き刺した。——目の前に赤い、真っ赤な鮮血が飛び散り、全身が壊れるぐらいの激痛が走る。
「うわああぁぁぁあぁ!」
- Re: 君を探し、夢に囚われる ( No.4 )
- 日時: 2013/09/04 12:27
- 名前: 黒雪 (ID: oQpk3jY4)
「うわああぁぁぁあぁ!」
飛び起きて辺りを見回すと、ドアの近くに跳ね飛ばされた掛け布団と、自分が寝ているベッドと、ドアの上にある監視カメラが目に入った。
ゾワリ。
びっしょりと汗を掻いて濡れた肌に鳥肌が立つ。
まるで誰かに見られて監視されているような。その誰かは自分を見て笑っているような。
「あああぁぁぁあぁぁあ!!」
俺は叫びだした。全部夢だ。これも夢だ。いったい、いつまで自分が殺される夢を見続けなければいけないんだ。
永遠に同じ夢を見続けるなら、いっそ。
「——いっそ、俺のことを殺してくれ!」
固い床に、囚人番号10976番が崩れ落ちた。
「囚人番号10976番。室内にて発狂しました。これより、第二段階へと移ります」
地下深くに作られたモニタールーム。壁一面に並べられた画面からは、独房の監視カメラの映像がリアルタイムで送られてくる。
モニタールームには男女二人ずつ、合計四人の人が居た。四人とも好星企業の幹部であり、社員からは四天王として恐れられている。
それもそのはず。彼らの家は、日本の中でも特に有名な、名家中の名家である天楼、神楽、胡蝶、幻紗の四家。
迂闊に何か口走ろうものならば、即座に首にされるのだ。
先ほど、無機質な声で告げたのはキキョウ。本名、胡蝶 桔梗。真っ白な白衣を着た女性の顔は、この世のものではないのか、と誰もが思うほどの麗人。笑った顔に、一目で虜になる男性も多くない。しかし、笑った後には必ず寂しそうな表情が顔を出す。
その様子を紅葉——赤く染まった葉が、美しく散ってゆく様子、美しい笑顔が寂しそうな表情へと移り変わっていく様子——に喩えて、キキョウのことを『紅葉の麗人』と呼ぶ人は後を経たない。
「そうか。引き続き監視を続けてくれ」
別の独房を監視しながら言ったのはアオイ。本名、神楽 葵。同じく白衣を身に纏った男性は、白衣よりスーツが似合いそうで、夜の街でスーツを着てホストだと名乗ったら誰もが信じてしまうだろう。顔立ちは整っているが、どこか触ったら火傷しそう。そんな妖しげな魅力を秘めた笑顔を浮かべる。
その笑顔を見た女性は彼のことをこう呼ぶ。『灼熱のギムレット』。
ギムレットとは、ジンをベースにした中辛口のカクテル。『ギムレット』の意味はT字型の柄のついたねじ錐(ぎり)のことで、刺すような味わいがあることからこの呼び名がついた。
彼は、カクテル・リキュールなど酒に精通しており、そこからこの名がついた、という人も多くいる。
彼らが行っているのは囚人の監視。
2400年。死刑制度が廃止された日本で、新たに取り入れられたのが『Traum Morgen(トラウム モーガン)』、直訳すると『夢・明日』。人呼んで『明日の夢』だ。
この装置をどのように使うのか?
そうお尋ねになられましたね。お客様ご自身がこの装置を使って寝てみれば分かることです。
怖い夢を見そう?
先ほどの清水君のように、殺人等の罪を犯していなければ怖い夢を見ることはありません。
その通り。
この、『Traum Morgen』をお使いになるかならないかは、お客様の自由でございます。
ただし、お気を付けくださいませ。
——『夢』という名の快楽に囚われることの無きように。