複雑・ファジー小説
- Re: 君を探し、夢に囚われる ( No.60 )
- 日時: 2013/04/13 23:07
- 名前: 黒雪(=華牒Q黒来) ◆SNOW.jyxyk (ID: 25bToox.)
二章 第三遍 第二幕
呆けたように呟く咲月の横で、翼が、鋭い声を発した。
ビクッとしてその場に固まる咲月とは反対に、翼は早足でスイゼンへと近づき、硬く握られた右手を大きく振りかぶった。
聞こえたのは鈍い音。まるで、ガラスを指で強く弾いたような。勢いでバランスを崩した長身が、大きく後ろへと仰け反り、真後ろにあった木に激突——しなかった。
一連の出来事をただ、見ているだけだった咲月の耳に、硬い金属音が飛び込む。
「金属音……?」
恐る恐る地面を直視したが、見えるのは、柔らかな緑が覗くしっとりとした土と、それを縫うようにして作られた、赤と黄色の石畳の小道。今、いる場所から1歩踏み出せば、足裏から靴を通して、ふんわりとした自然の感触が伝わってきた。
「えっと、あの……大丈夫ですか」
「大丈夫よ。この位で、くたばるような人間じゃないから」
「いえ、少しは手加減していただけますか。金属板に打ち付けられるのは、少々こたえますので」
「別に貴方のことだから、色々対策は取っているんでしょう? どうせ、なんともないんだから」
「ですが、やはり打ち身程度にはなりますので」
翼とスイゼンのやり取りが、咲月には漫才のように見えて面白かった。でも、どこか台本を暗記して、そのまま読んでいるような印象もあって。
決められたレールの上を、ただ、歩いているような気がしたのは気のせいだろうか。
枠に囚われて同じ話を繰り返す、物語の登場人物はいつも、こんな思いなのだろうか?
「金属板なんて、どこにあるんですか? 自然しかありませんけど」
「ここですよ。貴方が今、見て、立っているこの場所に」
「この中庭の景色は、全て映像でございます。実際の景色は、金属の板で囲まれた四角い空間に、6棟の研究施設が建ち並んでいて、これらのオブジェがあるのみです」
「貴方が見ているものは全て、バーチャルなのですよ。視覚、触覚、聴覚、嗅覚。五感のほぼ全てを操り、本物と錯覚させる。面白い技術でしょう? 実際には何も無いのに、風が吹き、太陽が照らし、本物の自然の中にいるように、感覚を惑わせるのです。気づいてくれて嬉しいわ」
そう言って翼は、スイゼンに軽くウィンクをする。やっぱり、わざとだったのだと改めて思った。
そこまでして技術をアピールするのか、という思いが、頭を少し過ぎったが、そこまで深く考える必要も無い。
そう考えて視線を上げた先に、小さなオブジェが建っていた。
色とりどりの、奇妙な形をした他のものとは違い、灰色で、墓石のような形をしている。目立たないように、わざわざ日陰に置かれ、大きさも遥かに他のより小さい。
咲月は、そのオブジェに見覚えがあった。