複雑・ファジー小説
- Re: 君を探し、夢に囚われる【業者の宣伝対策で更新時以外はロック】 ( No.73 )
- 日時: 2013/07/09 17:05
- 名前: 黒雪 ◆SNOW.jyxyk (ID: Tfc7Tx7B)
二章 第四遍 第二幕
好星企業夢見研究所、第0棟。
この棟の存在を知っているものは、私を含めて8人しかいない。
私を、監禁するために作られた棟だから。私は、この棟に閉じ込められて、研究所の敷地内へすら立ち入りを禁じられていた。
今日みたいに、ちょっとでも外に出たら、それだけで怒られる。
私は、籠の中の鳥。
1日のほぼ全てを、この空間で過ごし、退屈な日々を送る鳥。
歯車が狂ったのは——。もし、あの日に本を読まなかったら、もし、お父様の書斎に立ち入らなかったら。
なんてことを幾度となく考えては、諦め、どうすることも出来ない自分にイライラした。
知り合いは7人しかいないし、みんな敵。外の世界の様子を聞かせてくれたり、お土産を持ってきたりしてくれるけれど、だれも外に出してくれない。
5歳の時にここに連れてこられた。それ以来、毎日変わらない景色。変わらない音。変わりのない、生活。
だから、こうして知らない人たちが会いに来てくれるのは、一番楽しみにしていることでもあった。
誰かがここに来る前には、兆候がある。
例えば、たまに聞こえてくる研究者たちの囁きが大きくなったり、映し出されている中庭の景色が、秋から初夏に変わったり。
でもその期待は、大抵裏切られた。
「こんにちは、沙羅様。今日は質問があって参りました」
会いに来た人は、みんな頭の固い学者ばかりで、私のことを質問攻めにするだけ。
楽しくおしゃべりなんて、出来やしない。
それでも、閉じ込められたこの空間から、僅かでも逃れられるなら、構わなかった。
「30分後と伝えたはずですが。なぜ準備をしていないのですか?」
「準備ならできているわよ、このままでいい。どうせ学者だし」
咎めるような声と視線だったが、無視。
わざわざ、正装する必要なんてどこにもない。
「こんにちは、沙羅様。私のことを覚えておいででしょうか?」
思わず、音楽が流れたのかと思った。滑らかで、艶のある声。窓辺に止まる、小鳥がさえずるような声。
こんな声を忘れるなんて人が、いるはずがない。いたらその人は、よっぽど記憶力がないのだろう。
「忘れるわけありません、こんなに美しい声を。こんにちは、キキョウさん。こんな服装ですみません」
「構いませんわ。本日は、私個人の所用で参りましたので」
彼女は同席していた翼に、外すように合図した。不満そうな顔を翼は浮かべたが、四天王には逆らえない。硬い声で「失礼します」と言い残して、部屋を出て行った。
そして、彼女はこんなことを言うのだ。
「私に、誘拐されてみませんか?」