複雑・ファジー小説
- Re: 君を探し、夢に囚われる【参照3200突破ありがとう!】 ( No.86 )
- 日時: 2013/09/25 19:10
- 名前: 黒雪(華牒Q黒来) ◆SNOW.jyxyk (ID: 4K4kypxE)
二章 第五遍 第一幕
「私どもは所用がありますので、これにて失礼させていただきます。何かございましたら、こちらをお使いください」
そう言って彼女達に渡したのはインカム。自分達がいなくても、沙羅様は『Traum Morgen』を使いこなす事が出来る。それに、これから行く場所は、あの2人がいない方が好都合でもあった。
隣を早足で歩く翼を、チラリと横目で見る。いつもと何一つ変わらない横顔。無表情のその内で、何を思っているのだろうか。
翼を変えてしまったのは自分だと思うと、ふと虚しさを感じてしまった。
スイゼンと翼が向かったのは、第5棟にある5-308研究室。夢見研究所では、研究されている分野によって棟が分けられている。この第5棟では主に、夢の解析が行われていた。
夢の解析といっても、その方向は多岐にわたる。そのため、棟の内部でもフロアごとに研究内容が違う。
「5-3フロアでは、現実との関連性などが主な研究対象となっています。早川さんの夢でしたら、間違いなくここですし——」
「——矢川研究員の専門領域もここ、というわけでございますね?」
「その通りです」
そう、2人の目的は矢川研究員に会うこと。咲月と夢の中とはいえ、なぜ面識があるのか。それを問いただすためだ。
ましてや、沙羅とも関わりのあること。この件を8年の間、黙っていた責任は重い。説明や状況によっては、それなりの処分も考えうるのだ。
減俸、降格処分、解雇……最悪の場合はそれ以上もあり得る。
「着きました。この部屋です」
翼が左手で、5-308と表記された金文字を指し示した。金文字が書かれている扉の色は黒。所々に銀色の装飾が施されていたが、何者かによって削り取られてしまったような痕がある。
全体的に白を基調としているこの研究所の中で、その扉は異様とも表現できて。ただ、少しばかりくすんだ金色のドアノブだけが、ぼんやりと光っていた。
「随分と扉が痛め付けられているようですが?」
「いつものことです。矢川研究員の飼っている猫の仕業でしょう」
「研究所内では、所定の場所以外での動植物の飼育は禁止のはずでしたが」
スイゼンが、咎めるような声で言ったが、翼は聞こえないふりをしていた。
実は彼女は大の猫好きである。そのため、その猫の可愛さに負けてしまい、特別に飼育を許可していたのだ。
翼ののそんな態度に答えるかのように、どこからともなく現れた子猫。ふわっとした茶色の毛に、つぶらな黒い瞳。
猫に気がついた翼が抱き上げると、小さく「にゃあ」と鳴いた。