複雑・ファジー小説

Re: 君を探し、夢に囚われる【参照3500突破ありがとう!】 ( No.89 )
日時: 2013/10/12 16:18
名前: 黒雪(黒崎加奈) ◆SNOW.jyxyk (ID: uqhwXtKf)

二章 第五遍 第二幕




 猫に軽く微笑んだ翼が、強く扉を叩く。

「矢川研究員、楢崎です」
「どうぞご自由にー」

 少し苛立ったような声の翼に対し、部屋の内部からは気の抜けた声が聞こえてきた。ほんの一瞬、彼女の整った顔が歪んだが、無表情に戻るなり、勢いよく扉を開ける。
 扉を開けた衝撃と音に驚いたのか、猫は彼女の腕から飛び降りて、室内へと一足先に入っていった。

「そろそろ来る頃だと思ってたんですよね」

 スイゼンと翼が室内に足を踏み入れたその時。
 シュッという音をたてて、何かが空気を切り裂いた。かろうじて目の端に見えたのは、黒の筋。

「おっと失礼。少しばかり手元が狂ったようだ」

 扉の内側に掛けられた、ダーツの的。そこに突き刺さった矢は、少しだけ中心から外れていた。
 これがもし、中心を狙っていたなら、間違いなくスイゼンの顔に矢が刺さっていただろう。

「お気をつけ下さいませ。我々は企業の幹部なのですよ? その気になれば——」
「——その気になれば、罰を与えることが出来る。でしょう? しかし貴方がたは、私にそうすることはしない。いや、出来ないと言った方が正しいか」

 へらへらと笑いながら、でもその目は鋭く、そして、油断なく。黒ぶちの眼鏡の奥から覗く黒の瞳は、辺りを刺すように見ている。赤に近い茶髪に、いかついシルバーのピアス。
 彼の容貌は、白衣を身に纏っていながらも、研究所のもつ雰囲気とは全然合わない。むしろ、都会の夜みたいな場所が合うだろう。そう、アオイのように。
 似たような雰囲気——触れたら火傷するような、そんな雰囲気をお互い漂わせているが、その性質は正反対に近いものがある。
 アオイは『灼熱のギムレット』という呼び名を持つだけあって、触れるのみで火傷するオーラ。しかし、彼は触れるまで火傷することに気付けない、低温火傷のようなものである。
 それが、彼、矢川駿(やがわしゅん)という男。

「相変わらず、その減らず口は健在でございますね。研究の方も派手にやられているようで」
「あぁ、お陰さまで。そちらもなかなか面白そうじゃありませんか」

 互いに棘のある言葉をぶつけ合う2人は、何かと普段から意見が対立しやすい。その事も手伝ってか、あまり仲が良くないのだ。

「まさかこんな下らないことを言いに来たんじゃないでしょう? まぁ、早川咲月のことだとは思いますけど」
「その通りです。分かっているなら話は早い」

 そう言って翼は、ファイルから1枚の紙を取り出した。