複雑・ファジー小説

#30 ( No.50 )
日時: 2012/08/30 21:04
名前: 星の欠片 ◆ysaxahauRk (ID: t7vTPcg3)



 ベランダに出てきたのは髪の長い女性。
 風が吹いていないのに靡く茶髪はそれだけで異質を感じられる。
「九道さ…」
 名前を言おうとして、止めた。
 九道さんが、先程設置したスナイパーライフルに手を掛けたからだ。
 黒眼鏡を外し、片方の目で筒を覗く。
 筒はそのライフルから放たれる弾の照準を合わせるためのもの。
 映画等のシーンではもう片目を閉じてることが多いが、九道さんは違った。
「片目を閉じると神経に負担が掛かる…」
 気配を悟ったのか、九道さんが説明してくれた。
「「見なくても良い」から、目は開けておく…」
 九道さんの目は、狩人の様だった。
「タイミングを見計らい、照準がずれないように呼吸を止める」
 呼吸という僅かな動きは、数ミリ単位の調整を問われる射撃においては致命的なのだろう。
「酸素不足で視力が落ちないうちに、引き金を——」
 ——絞る。
 そう言うより先に、タンッ、と静かな、それでいて激しい音が響いた。


 音と同時、ベランダに居たはずの女性が視界から消えた。
 赤い飛沫が見えたと思えば、それはあっという間に消えてなくなる。
「さて、行くわよ」
 仕事を終えたと一息つき、懐から煙草を取り出しながら九道さんが言う。
 始末をしにいくということか?
 先程フラッシュバンを投げた四隅舞踏の一人——虎道と言ったか、は倒す手段を持っていないのか?
 というよりそもそも、今の一撃で倒しきれないのか?
 様々な疑問が出てきたが、九道さんは慣れているのだろう、さっさと支度を始める。
 とは言っても俺は準備することなんてないのだが…
「はい、これあげる」
 九道さんに何かを渡された。
「く」の字のような形をした黒い物体。
「弾数は10発。大事に使いなさい」
「——うわああああああっ!?」
 それの正体を確認したと同時、俺は叫びながらそれを床に落とした。
「全く、最近の子供は銃も持ったこと無いの?」
「あ、あああるわけないじゃないですか!?」
 生まれてこの方、銃を持つような状況に陥った事はない。
 そんな人間に、この人はいきなり銃を持たせようというのか。
「大丈夫よ、反動の小さいものにしておいたし、常人に当たっても傷一つつかないわ」
 九道さんが都市能力で作り出した異質の武器。
 つまり、常人に当たっても何も感知しない。
 迷惑をかける事はないだろうが、やはり気が引ける。
「ほら、行くわよ。ピンチになるまで撃つ必要はないんだから」
 そうだ、撃つような状況にならなければいい。
「メリー、頼むぞ」
「了解です!」
 またメリーに頼ることになった。
 心苦しいが、仕方の無いことだ。
 銃を鞄に乱雑に仕舞い込み、部屋を出た。