複雑・ファジー小説

#32 ( No.52 )
日時: 2012/09/01 22:29
名前: 星の欠片 ◆ysaxahauRk (ID: t7vTPcg3)


 突然視界が晴れる。
「ここは……!?」
 平原。
 そして空には満天の星。
 どこかの高原の様な、ある種幻想的な風景があった。
「優輝さん!」
 メリーが走ってくる。
 良かった、怪我はないようだ。
「これは一体…まるで何か、別の世界の様な……」
 別の、世界。
 馬鹿な、そんな事が…

「…誰?」

 ふと、聞きなれない声。
 声がした方向を見ると、一人の女性。
 先程家のベランダに立っていた、九道さんが狙撃した筈の女性が居た。
 傷一つ負っていない。
 九道さんが撃ったのはダミー?
 それを見越して九道さんはベランダに向かわなかったのか?
「間違いないです。件のレジェンズですね」
 そう、間違いない。
 あのマンションに住んでいたサラリーマンが二日前から行方不明という話を聞いていた。
 女性の腕に抱かれている抜け殻のようにぐったりとした男性がそれだろう。
「私の空間に何の用…?」
 蛇のように鋭い眼差しで此方を睨みながら問うてくる。
「いや、その男性が行方不明になっていると聞き探しに……」
 一応、不審に思われないようにするにはこういう答えが正しいだろう。
「何故? この人の身内か何か?」
「違うが……」
「なら早く出てって。貴方達も「消える」わよ」
「消える!?」
「どういうことですか?」
「この世界はまもなく消えてなくなるって言ってるの」
 世界が、消える?
 それに出て行くといっても出て行く手段が分からない。
「もしそれが貴女の力によるものだとしたら、今ここで容赦なく倒しますが」
 メリーが『豊穣人』を構える。
「私を殺したら世界の崩壊も早まるわ。逆効果よ」
 まるでこのレジェンズが世界を担っているかのような…
「……貴女、櫛禍くしか様に空間を創らせましたね…?」
 メリーが声を低くした。
 何かに驚き、それに対して怒っているように。
「櫛禍…? へぇ、あいつ、そんな名前だったのね」
 どうでも良さそうに適当に答える女性。
 櫛禍。
 また新たな名詞が出てきた。
 メリーが「様」付けする存在。
 それ程強力な存在という事だろうか。
 それに空間を創らせた、と。
 空間を創りだす能力を持つという事か?
 この場に居ないとはいえ、櫛禍と呼ばれるそれが今回の事件に関わっているらしい。
「櫛禍様が創った空間ならどこかに出入り口がある筈ですが…」
「それならその先にあるわ」
 女性が指を指した先。
 不自然に草が刈り取られている道があった。
 あの先に出口があるらしい。
「ですって。行きましょう、優輝さん」
 完全に信じている。
 嘘である可能性も否定は出来ないが…
 いや、出てってと言ったという事はさっさとこの世界から消えて欲しいのだろう。
 ならこの先に出口がある可能性が高い。
 が、
「その人は…」
「駄目よ。この人は連れて行かせない」
 動かないその男性を強く抱きまた此方を睨んでくる。
 何か、途轍もない威圧感が襲う。
「消滅が始まるわ。早く帰って。自分の身が一番大事よ」
 そうだ。
 このままではこの世界もろとも消えてしまう。
「優輝さん!」
「……あぁ」
 心苦しいが、諦めるしかない。
 メリーに続いて道を走る。
 程なくして、不自然な四角い穴が見えてきた。
「あれが出口です!」
 その瞬間、何かに躓き転びかけた。
 ぎりぎりのところで一歩踏み出し耐えたが、別に地面に躓くようなものもなかった。
 躓いたそれは、世界の綻び。
 少しずつ、あちこちに出現する黒い溝。
 何となく分かる。
 あれは「無」。
 あれに落ちたら、間違いなく戻って来れない。
 足元に注意しつつ出口を目指す。
 空に煌く星は無に侵食されていなかった。
 しかし地面はどんどん無くなっていく。
 あの女性は、大丈夫だろうか。
 出口の直ぐ近くまで辿り着く。
「優輝さん、早く!」
 出口の前でメリーが手を伸ばしてくる。
 地面はほとんど残っていない。
 意を決し、地面を思い切り蹴った。
 そしてメリーの手を掴む。
 身体が引っ張られる。
 その世界を出る瞬間、見た。
 空に昇りながら消えていく、儚い光を。
 それを視認した直後、消滅が一気に加速した。
 最後に残った小さく光る星が全てを見届けているようだった。