複雑・ファジー小説
- #36 ( No.56 )
- 日時: 2012/09/10 21:21
- 名前: 星の欠片 ◆ysaxahauRk (ID: t7vTPcg3)
いつも通り起きたは良いが、今日は休日だ。
最近色々な事が起きて結構疲れている。
今日くらいゆっくり休もうかと思っていると、インターホンが鳴った。
「誰でしょうか?」
「さぁ…とりあえず出てみる」
玄関に向かうと、妙な気配がした。
これは何度か経験したことがある。
レジェンズが放つ特有の気配だ。
しかし、嫌な気配ではない。
敵意は無いような気がする。
一応警戒しつつ、ドアを開ける。
「おはようございます。良くお休みになられましたか?」
「——っ!」
制服を来た長身の男性。
それだけならば普通の学生だが、それとは違う。
顔を隠す奇妙な彩色が施された仮面。
昨日俺達を女性が居た空間に追いやった四人のレジェンズの一人、点道だった。
「昨日は申し訳ありません。我々の術が貴方方を対象としてしまいあのような結果になってしまい…」
あれは元々俺達を対象としては居ないらしい。
「九道様はあの室内の生命体を使って空間を割り出そうと思っていました」
そういった術を持っているのは分かったが、つまりそれは…
「俺達を囮に…?」
「いえいえ、そうではありません。対象は完全にランダムです。九道様は本当は自分が行こうと思っていたのでしょう」
「…だったら最初から俺達を部屋に入れなければ良いんじゃないか?」
「っ……それは……」
点道があからさまに動揺しだした。
「…誰……」
その時、後ろから声が聞こえた。
栗狐が怪訝な顔をして、リビングから此方を伺っていたのだ。
「! やれっ!」
点道が突然に声を荒げる。
「うぁっ!!」
「っ!!」
「きゃっ!!」
体を拘束される。
細身の男、救道によって。
栗狐もメリーも例外ではない。
栗狐は線道。メリーは虎道。
それぞれによって動きを封じられていた。
「何をっ……!」
「申し訳ありません。これが九道様からの命です」
九道さんの…?
「連れて行け」
視界が突然に揺れ動く。
外に出て、どこかに連れて行かれている。
やっぱり、九道さんは、裏切った…?
「——っくそ!」
背中から俺を抑え付けて移動していた救道を肘で打つ。
「ぐっ!?」
手が離される。
勢い良く地面に打ち付けられ肺が圧迫される。
「…かはっ」
痛みに耐えつつ、肺に空気を流し込む。
ゆっくり立ち上がり救道と向き合う。
「……貴様」
「…俺をどこに連れて行く気だ?」
「人の目につかないところだ。そういう面ではこの場所も問題ないが…」
辺りを見渡すと一面に木が生えている。
人の目はない。
町外れの森だろう。
いつの間にこんなところまで…
「九道様からの命は貴様らの抹殺。ここで死んでもらう」
何となくゲームでよく聞くような戦闘開始の合図。
同時に救道が目の前から姿を消した。
咄嗟に両手を前に出し防御の姿勢をとる。
するとその手に衝撃が走った。
「ぐっ!」
足に力を入れ踏みとどまる。
しかしそれで長身の男は攻撃を止めない。
「せっ!」
右から襲う拳を受け止める。
「はっ!」
次は左。
「やっ! はっ! せい!」
右、左、右、と。
順序良く放たれる拳は並みの腕で繰り出されるものではない。
拳法の使い手だろうか。
確かにスクウェアの話は「学生」というだけで登場人物の特徴なんて出ていない。
「だからって、何でもっ、ありか、よっ!」
攻撃を受け止めつつ、反撃を試みる。
「ふん!」
それを鼻で笑い、攻撃をかわす。
拳法の心得などない俺にとって攻撃を外したとき、すぐに元の体制へと戻る方法など知らない。
隙だらけとなった俺の懐に拳が飛んでくる。
「っあ!!」
拳がめり込む。
それで攻撃を止めるほど眼前のレジェンズは甘くは無い。
痛みに悶える俺の頬に拳が叩き込まれた。
「がはっ……!」
その場に倒れこむ。
口の中に鉄の味が広がっていく。
それを吐き出すと、地面が赤く染まる。
「…はぁ…はぁ……」
レジェンズが馬鹿に出来ない存在というのを思い知らされた。
まだ眼前のレジェンズは都市伝説の力を一切使ってはいない。
ただ、人が使えても何ら不思議ではない拳法で戦っているだけだ。
メリーも居ない。栗狐も居ない。
初めて、唯一人でレジェンズと戦った。
まだ相手は力を隠している。
絶体絶命。
避けられない死。
戦慄が身体中を走る。
「死の覚悟は出来たかな?」
例えるならば、死神に死の宣告を為されるかのような。
そんな一言。
助けに来てくれる気配も無い。
レジェンズの協力をしておきながら、レジェンズとの戦いで何一つ、ほんの少しの反撃さえも出来ない。
自分の無力さを思い知る。
救道の手が再び拳を作る。
あれはまた俺に襲い掛かり、今度こそ俺の命を奪う。
直ぐ後に迫る恐怖に、目元が潤む。
平常心で居られる筈が無い。
今にも狂ってしまいそうだった。
「さらばだ。ソロの劇場の、小さな観客よ」
拳が、振り下ろされた。