複雑・ファジー小説

#49 ( No.71 )
日時: 2012/12/27 20:11
名前: 星の欠片 ◆ysaxahauRk (ID: t7vTPcg3)



 傘が、ふわりと宙に舞う。
 それに全員が注目していた。
 一瞬、眩い光が視界を奪う。
 次に目に見えた景色は、通常のものではなかった。
 色が、無い。
 漫画の様な、モノクロの世界。
 例外なんて一つもない。
 見えない部屋に閉じ込められた九道さんも、四隅舞踏も。
 天に浮く立道も。
 隣に立つ栗狐も。
 ……そういえば、メリーはどこに行ったのか。
 立っていた筈の姿がない。
 辺りを見渡してもそれらしい姿は見つからない。
 もしかしたら、周囲に漂う真っ白な霧のようなものが、メリーそのものなのか、と考えたとき。
「——人形は血を吐く——人形は火を吐く——」
 メリーの声が聞こえた。
「——ひとり地獄に落ち行くは私——」
 謎の詠唱はどこからか、延々と発されていく。
「——地獄くらやみ花も無き——」
 白い霧は幾億もの粒に。
 それらは結集、膨張、分散を繰り返し、ひたすらに数を増やしていく。
 とても幻想的な光景とは裏腹に、心臓に重く圧し掛かる感覚は、メリーによって成された感覚とは思えない。
「優輝さん、気を楽に……」
 どうやら栗狐は大丈夫なようだ。
『少年、この圧力は本当にあの小娘によるものか……? この邪気……考えられぬ……』
 神槍の言葉に同意する。
 これは普段のメリー気配とは違う。
 もっと黒い、悪い気配。
 近づいていれば、飲み込まれていたかもしれない。
 これを知っていて、俺を離れさせたのか。
 メリーらしからぬメリーが、詠唱の最後を飾る。

「——異形たる者、重罪は私、無間なる地獄を以って裁け——」

 一瞬にして、白い霧は黒と化した。
 広範囲にまで撒き散らされていた霧の一部が段々と一箇所に集まり、一つの形を形成する。
 いつしかモノクロの景色は、元に戻っていた。
「……メリー?」
 果たしてそれは、紛れも無いメリーの姿だった。
 ただし、俺が見慣れているメリーとは違う。
 白黒の姿。
 それでも普段の彼女と決定的に違う雰囲気が醸し出されている。
 黒く染まったドレス。
 金の髪は白く、眼は黒く。
 そして何より、顔から表情が消えていた。
 いつの間にか宙に舞っていた傘が消えている。
 手に持っているのは傘でも、愛刀の『豊穣人』でもない。
 長い棒の穂先に幅広の刃、横に突き出た湾曲した刃、その反対側には細長い盾。
 穂先の刃に付属された砲身。
 その他、とにかく様々な武器が取り付けられている。
 形状的には古くから中国で多用される戟という武器に似ている。
「……」
 一瞬にして五人を囲む不可視の部屋が解けた。
 それを悟った四隅舞踏がメリーに突撃する。
「駄目っ! 停まって!」
 九道さんが叫ぶも、四人の耳には届かない。
 目の前の強力な敵の排除を優先しようとしている。
 しかし、メリーの真たる力は四人、いや、九道さんを入れて五人、いや、俺も入れて六人の想像を上回っていた。
 点道の刀が、線道のトランプが、虎道の短刀が、救道の拳が同時に襲い掛かる。
「……」
 それをメリーは、武器に取り付けられた盾を巨大化させ四人の攻撃を一斉に受け止めた。
「なっ!?」
 四人が力を込めてもメリーを突破できる気がしない。
 チラとメリーが俺を一瞥した。
 何かを伝えたいかのように。
 そうだ、俺があいつを倒さなければ。
「行くぞ、神槍!」
『うむ!』
 メリーが四人を足止めしている隙に立道に向かって飛ぶ。
「させない!」
 九道さんが手に持った銃の引き金を引く。
 しかし、それが俺に届くことは無い。
「……」
「っ! 小娘……」
 銃弾を弾いたのは栗狐が持つそれ。
 紙垂を二枚、木に挟んだそれは祭祀に用いられる幣帛の一つ。
 最も有名だと思われる御幣と呼ばれるものだった。
 弾いた、と言っても打ち返したりした訳ではない。
 俺には理解できないような不思議な力——風ならない風で威力を削いだのだ。
 障害は何も無くなった。
 後は俺が立道を倒すだけ。
『少年、儂の戦いは空中を好まん。叩き落せ』
「応!」
 近づく俺をただ見るだけで、立道は反撃しようともしない。
 その無表情な顔を掴み、下に投げる。
 ベシャ、と力なく地面に伏し、間もなく立ち上がるのと同時、俺も地に着く。
 走り寄る間も立道は無抵抗で、ただ無表情だった。
「やめてっ! 殺さないで!」
 九道さんの悲願に答えるわけにはいかない。
 九道さんに「何か」を吹き込んだ彼ら。
 その魔性を取り払うために。
「はあああああああ!」
 強く地面に足を打ち込み、全力で拳を立道に叩き込む。
 拳は胸部を打ち抜いた。