複雑・ファジー小説

#50 ( No.73 )
日時: 2013/01/03 20:18
名前: 星の欠片 ◆ysaxahauRk (ID: t7vTPcg3)

「————」
 開いた風穴から何かが飛散する。
 どうやら核を正確に打つ事が出来たらしい。
「——我達は四隅舞踏——個にして群たる存在——」
 立道は呻きも上げずに今まで通り言葉を並べている。
 表情崩れぬままじっとこちらを見つめている。
「——伝説と成る故に捨て去られた意思——心——其を埋めるは仮の意思——心——」
 意思、心……?
 俺に語りかけられている言葉は今までと違い、何やら意味があるように聞こえた。
「——心を封ずる仮の面——今こそ開放されるとき——」
 かりの、おもて……?
 仮の表、違う、仮の……面。
 仮面。
 それを考え付くと同時、俺は立道の右目付近に取り付けられた仮面に手を当て、打ち壊した。
「————」
 それまで隠れていた部分が露になる。
 やはり罅の入っているその顔。
 左目と同様に右目は傷一つついていない。
 仮面の無くなった立道はやはり俺を見つつ、
「……ありがとな」
 微笑んだ。
 いままでの感情の無い言葉とは違う。
 仮面によって塞き止められていた感情が再び流れ出したような。
 立道は四人を足止めするメリーに歩いていく。
 メリーはそれを——無論四人を止めつつ——警戒する。
「……お嬢さん、すまないね。ちょっと退いてくれるかい?」
 全くと言って良いほど敵意の無い声色で立道は言う。
 メリーは相変わらずの無表情でそれを見つつ、
「……」
 何かを悟ったように戟と呼ばれる武器を下ろす。
 そして四人までの道を通す。
 命を削りながら歩いていく立道は弱っているのだろうが、足を引きずることも無く、一歩一歩をしっかりと踏みしめている。
「立道……」
 近づいてきた立道に対して、四人を代表して点道が声を出す。
「皆、舞踏は終わりだ。僕らの『生』はあの時終わっていた」
「しかし……」
 何も言うなとでも言うように、無言で手で制す立道。
 もうほとんど力も残っていないようだった。
 先程までの脅威とは違って、四人の動揺を見ていると、酷い罪悪感に見舞われる。
「馬鹿だよ、君らは。僕についてくる必要なんて無いのにさ……」
「……『俺たち』は五人で一つだろう。お前一人が死ぬなんて事はあってはならない」
 今までの点道とは違う。
 一人称も、性格も、今までとは全く別人のようだった。
「……ありがとう。……もうそろそろ、時間みたいだ」
 立道の輪郭が朧気になっていく。
立花たちばな……」
 それは、聞き覚えのない名詞だった。
 立道に向かって放たれたその言葉の意味は、この時分からなかった。
点東てんとう線崎せんざき虎谷こたに救田すくいだ……」
 立道は、この四つの、名詞だろう言葉にどんな意味を込めたのだろうか。
 恐らく眼前の四人に対して向けられた言葉と共に、立道は手を前に差し出す。
 その上に、点道が、線道が、虎道が、救道が、手を重ねていく。
「……立道」
 そこに小さく声を零したのは九道さんだった。
「九道、君は君自身で答えを得た。もう僕らの後押しは必要ない」
「でも……」
「九道、君が求めるのは自分の道か? それとも導かれる道か?」
「っ……」
 唐突に問いを投げかける立道は、口元に小さな笑みを浮かべている。
 それを見ながら数秒、黙っていた九道さんは、

「……自分の、道よ」

 そう、答えた。
「そうだ。以前は答えられなかったこの問いの解を、君は見つけた。もう僕らの力は必要ない」
「……」
 伝えたいことは全部伝えきったと言わんばかりに、九道さんから眼を背けると、四人を順に見る。
「最後に、アレ、やろうか」
「……立道」
「それがお前の望みなら……」
「懐かしいなぁ……」
「出来ることなら、もう一度、『昇りたい』な……」
 九道さんの目には涙が浮かんでいた。
 でも、誰もそれに対して言う事はしない。
 ただ、スクウェアのレジェンズたる五人は重ねた手を見つめていた。
 一体何を始める気なのだろうか。
 立道がすぅ、と息を吸い、大声で叫んだ。

「山岳部——」

『最高っ……!』

 突拍子もない、拍子抜けする言葉だった。
 しかし、全員で叫んだ四文字に込められた何か、特別な思いが伝わってきた。
 言葉を終えると同時、満面の得煮を浮かべた立道は霧散し、跡形も無く消え去った。
「……」
 俺も、九道さんも、メリーも、栗狐も、神槍も。
 四隅舞踏の四人も。
 それを見届け、しかし何も言わない。
「あっ!?」
 九道さんが驚愕の声を出したのは、別の事象から。
 四隅舞踏の四人が、消滅を始めたのである。