複雑・ファジー小説
- #52 ( No.75 )
- 日時: 2013/01/11 21:25
- 名前: 星の欠片 ◆ysaxahauRk (ID: t7vTPcg3)
レジェンズと関わり始めて三度目の戦い。
今までのものを遥かに超える激戦といえる四隅舞踏と九道さんとの戦いを終えた。
腕時計で時間を確認すると、意外なことにまだ昼前だ。
ほとんど人気のない裏路地での戦いでよかったと思う。
無関係の人を関わらせたくはない。
九道さんはしばらく、点道が立っていた場所を見ていたが、やがて溜息をつき、歩き出す。
「九道さん……」
声を掛けて、しかし何を話せば良いのか分からないことに気付く。
しかしそれを察したのか、
「……ごめんなさいね」
一言残し、行ってしまった。
「……」
九道さんは、これからどうするのだろうか。
暗殺の仕事に戻るのか。
改心して他の仕事を探すのか。
そのどちらにしても、またレジェンズと関わるのか。
「少年、小娘の方が先決であろう」
「っ」
いつのまにか身体から出てきていた神槍が言う。
そうだ、まずはメリーを。
「メリー!」
メリーの元に走りよる。
その場で直立していたメリーは、一度こちらを見ると、
「……」
元の色に戻り、力なく倒れた。
「メリー!」
それを抱き上げると、異常に軽いと感じる。
栗狐が来て、メリーに触れる。
「……信仰の力が無くなってる。このままじゃ消えるのも時間の問題……」
淡々と言ってはいるが、言葉の節々から心配が感じられた。
「ど、どうすればいい!?」
「何も出来ない……前借してる以上力も供給されない……」
「そんな……、神槍、何か方法はないのか!?」
「ふむ、すまぬが儂にも良く分からぬ……」
このままメリーが消えるのを、見ていることしかできないのか。
そんな事を思い始めたときだった。
「っ、あっ!」
「優輝さん……!」
レジェンズ特有と思える気配。
しかし、突然に俺を襲ったそれは、今までとは違う、余りにも強い気配だった。
心臓に圧し掛かるようなものではない事から、敵意を持ったものではないだろう。
今までは感じなかった、都市伝説に対する自然な恐怖心。
明らかにそれが今までのレジェンズと違う点。
それが空間を裂いて現れるという特異さだった。
良く磨き上げられた鉱石の様な眼と同じ色の煌びやかな銀髪を一つに括っている男性。
シンプルながら清廉さと荘厳さを醸し出す白装束を着込み、手には笏と呼ばれる木の板が握られている。
男性は唇を小さく動かしながら、威厳を感じさせる低い声を出す。
「栗狐……何があった……」
俺と神槍には最初に何かを確認するように見たきり、目を合わせていない。
栗狐に対してもその言葉は質問ではなく、答えを強制的に聞き出すかのような言い方。
答えを促される栗狐の反応から、そのレジェンズの強大さが分かる。
何せ、今までほとんどのことに反応を示さなかった栗狐が震えているのだから。
「……、力の……前借を……」
震えながらも出した最低限の言葉で、男性は全てを察したようだ。
「……愚か者が」
ただそれだけ言うと、此方に——というよりは抱いているメリーの方にだろう——向かって歩いてきた。
「何を——」
「人間、メリーを渡すが良い」
俺の言葉を遮って出された男性の言葉は、逃げ道を作りながらも、その道を封鎖する様な、二択の内一択しか選ばせないようなもの。
明らかに位の違う存在。
それに対して俺が出来ることは、大人しくメリーを差し出すこと。
それを、何とか踏みとどまった。
栗狐を知っていた事から、このレジェンズがメリーの関係者という事は確実だろう。
差し出せばもしかするとメリーを救ってもらえるかもしれない。
しかし、信用していいものか、と躊躇う。
まずはこのレジェンズの正体を知る事が先決だろう。
「……貴方は、誰ですか?」
言った瞬間、頭に膨大な文字列の様なものが流れ込んできた。
「っあ!?」
脳の許容量を超える情報を一気に詰め込まれるような激痛が襲う。
数十秒程だろうか、やがて痛みが引く。
「もう一度言う。人間、メリーを渡せ」
痛みで服従させようとしたのだろうか。
だけど、何者かも分からないレジェンズにメリーを渡すわけには行かない。
「だ……めだ……!」
向こうが本気を出せば俺一人殺すなんて容易なこと。
虚勢にすぎなくとも、俺なりの意地だった。
「……」
男性はそんな俺をしばらく睨み、栗狐に目を移す。
「暗示への耐性、そなたの仕業か?」
「……」
黙って頷く栗狐。
男性は小さな溜息を吐くと、再び俺に目を移す。
「我が名は櫛禍。古来より神隠しの命を担っている」
名乗られた櫛禍という名前には聞き覚えがあった。
——櫛禍様は人間と神様の仲介役のレジェンズなんです。
メリーが言っていた、人間と神様の仲介役。
信仰を一手に受け、神に渡して願いを叶える。
そんな強大なレジェンズが目の前にいる事に驚き、そして疑問に思う。
「……メリーに、何の用ですか?」
「このままでは処罰もままならぬ。一旦はこやつに信仰を送らねばならん」
「そんな事が?」
「不可能ではない。多少時間は掛かるだろうが」
自然と俺は櫛禍と名乗ったレジェンズにメリーを手渡していた。
「……メリーは戻ってきますか?」
その言葉を言った紛れもない俺が、その言葉に驚いていた。
出会ってたった数日。
それなのに、いつの間にか彼女に依存している。
何故そう思ったのかは分からないが、早く元のメリーに戻って欲しくて。
「無論だ。信仰が溜まり次第自由にする。汝のもとにも戻ってくるだろう」
その回答が、酷く安心できるものだった。