複雑・ファジー小説
- #55 ( No.79 )
- 日時: 2013/03/17 22:09
- 名前: 星の欠片 ◆ysaxahauRk (ID: t7vTPcg3)
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黒見沢の東端は過疎が目立っており、活気のある中央区に比べて自然が多いのが特徴だ。
電車も一日五本の少なさで、そもそも利用者が少ないためこの小さな停留場には誰一人いない。
求人雑誌を開きつつも、別にそれの内容に目を通しているわけではない。
頭の中は別の事が巡る。
今まで苦難を共にしてきた「五人」。
この街で、私が起こした戦いに最後まで付き合い、その戦いの末に果てた。
三日経った。
ドラマとかのフィクションで良くあるような、何日も悲しみに暮れるような事はなかった。
いや、もしかするとこの、心のどっかしらにぽっかりと穴の開いたような虚無感はそういったものの類なのかもしれない。
今まで普通に生きるために仕事として行ってきたレジェンズ殺しも、何故か「二度とする気にならない」。
両親に対する憎しみも、綺麗さっぱり、とはいかないが、気にならない程度にまで消え去っていた。
彼らは逝く時、私の憎悪も持っていったのだろうか。
——結局のところ、要するに私はもう殺しをする気はなくなり、新たな仕事を探す事になっている訳だ。
まぁ、今まで常人を逸脱した仕事を行ってきただけに、自分に向く仕事がそう簡単に見つかるわけが無い。
雑誌を閉じ、辺りを見る。
一面田畑で、いかにも田舎といった雰囲気だ。
今時あまり見ることもなくなった案山子がいくつも立っている。
ひたすらに広い青田の野原は考え事を忘れさせ、無心にしてくれる。
色々な感情が混じったような今の状況では、結構ありがたかったりする。
どうせこの街を今日発つのだ。
戦友と別れた街の最後の景色にしては、悪くない。
どうせだから、この景色くらいは目に焼き付けておこうと思う。
しかし、その自然の静寂さの中に、私は先刻から不自然を感じていた。
気配によれば、間違いなくレジェンズに分類される。
——だが、なんだろうか。
あの「案山子」からは、それ以上の何かが感じられた。
見た目は、どこまでもオーソドックスな案山子である。
十字に木の棒で突き立てられ、服やら手袋やらがやや雑に身に着けられている。
布で造られた顔には大きな目と口が描かれ、安っぽい麦藁帽子が被せられている。
ただ簡素なだけの案山子から、何故こんなにも強大な気配がするのか。
その好意でもなければ悪意でもない、どうにも例えようのない気配は、私に対して向けられている。
辺りに誰もいないことを確認し、案山子に問う。
「……何か、用かしら?」
言語能力があるかどうかも定かではなかったが、以外にも返答が返ってきた。
『悲しみ、いや——憎しみ、かな?』
声がしない。
ただ脳に文字のみが入ってくる。
「何のことかしらね?」
『誰か、大切なヒトを失ったね。それで君はその仇に憎しみを抱いている』
一人の坊やと、レジェンズたちの姿が思い浮かぶ。
だが、私は別に坊や達に憎しみ、恨みなんて感情は抱いていない。
曖昧なのだが、寧ろ坊や達に感謝すべきなのかもしれない。
『違うね』
その思考は脳へ入ってくる文字によって掻き消される。
『本音を押し潰すのは良くないよ。おかしくなってしまうからね』
一体何なのだろうか。
早く去ってしまいたい所だが、電車が来るまでまだ時間がある。
「何が目的?」
『目的、ねえ。強いて言えば、君が自分の気持ちに正直になってくれる事かな』
坊や達に恨みを抱けとでも言うのか。
『その通り。君はもっと素直になるべきだ』
分かったような口を聞く(とは言っても喋っているわけではないのだが)案山子に段々苛立ちを覚える。
『憎しみは大切な感情の一つだ。大切なヒトを殺した仇、討ちたいだ——』
その文が紡がれる前に、私は銃を出現させ、案山子の頭を撃ち抜いた。
乾いた銃声が響き渡るが、案山子は開いた風穴をまるで気にしないように佇んでいる。
『ほらね、殺意を少し引っ張り出しただけでこうだ』
確かに今の一瞬、躊躇いはなかった。
この案山子が何やら私の脳に干渉している事は間違いないようだ。
『素直になろうよ。九道 金子』
馴れ馴れしく、当然のように私の名前を呼ぶ案山子に、酷く悪寒を覚えた。