複雑・ファジー小説

Re: アセンション ( No.36 )
日時: 2012/10/21 10:34
名前: デミグラス (ID: .bb/xHHq)

「動くなよ……で、誰が腰抜けだって?」
 あまり話慣れていないのか、どこか違和感のある英語がデイビットの背後から聞こえた。
 1語1語の発音は気味が悪いほど正確だが、文全体からすると、どこか機械的に話しているようで、人間味が感じられない。
 恐らく、仲間の前でいい格好をしたいがために、基本だけかじって習得したつもりでいる口だ。
 工作員であるダニエルは別だが、デイビットや、癖のある英語使いの彼のように、ただの純粋な軍人なら、それほど作戦に影響はしないだろうが。

 その声が耳に入ったところで、自身の視界の外で起こっている事態に気づいたダニエルは、後方に身を翻しながらM16を構えようとする。
 しかし、デイビットの背後をとっている敵兵の真横に、気配を消して待機していたもう1人の敵兵が、いち早くダニエルの頭部、ちょうど額の真ん中に銃口を突きつけため、それは叶わなかった。
 照準の先に侵入者の急所を捉えた彼は、無言で首を2度、左右に往復させる。

「雑魚の癖に逃げ出さなかったことは評価してやる。それに、なかなか流暢な英語喋れるじゃねぇか。」
 デイビットのあからさまな挑発に、顔をしかめた背後の兵士だったが、次の言葉にほんの一瞬、気をよくした。

「だが、喋れるから何だ?そんな表面だけ覚えた英語が、ここで何の役に立つ?」
「やめろ、デイビット」
 敵兵の表情を伺っていたダニエルが、煽りに拍車をかけるデイビットに痺れを切らし、静かに制止する。
 ダニエルを捕らえているもう1人の敵兵は、英語が理解出来ないのだろう、不思議そうに2人のやりとりを見ていた。
 しかし、ダニエルの言葉は意味を成さない。

「仲間の奴等に尊敬されたいからか?さっきも1人、英語を話せる奴を始末した。喋れるからって生き延びれるわけじゃない。」
「デイビット……」
「しかも、あいつの方がまだ分かりやすく喋ってたぜ?相手に弾を当てられずに脳天ぶち抜かれた奴以下なんて、お前はもっと無様な死に方するんだろうな。」
「やめろ……」
「そりゃそうだろ?お前みたいな奴は、元が駄目なんだから何したって悪い方向にしか転ばないんだ。そのまま逃げといた方が賢かっ ッ……!」
 歯を強く噛み合わせ、憤りが直に伝わってくるような表情をしていた敵兵の堪忍袋の緒がとうとう切れた。
 怒りが頂点に達した敵兵は、デイビットの話を最後まで聞けずに、感情に身を任せて、彼の後頭部をAK-47の銃床で強打する。
 途端、デイビットの意識は飛び、フラッと前方に倒れた。
 それを確認したもう1人の敵兵も、気絶した仲間を見て、今、自分が留めている侵入者が何か行動を起こす前にと、デイビットを気絶させた者と同じく銃床で、左側頭部を殴り気絶させる。
 そして、各々が、倒した相手を背に担ぐと、急ぎ足で廊下に姿を消した。