複雑・ファジー小説

Re: the Special Key ring ( No.2 )
日時: 2012/10/09 14:20
名前: 氷空 ◆UQtQExcjWY (ID: l/xDenkt)

 ——閑静な住宅街の中を、1台のトラックが走っている。走り続けた車体の横には、『○○引越センター』の文字。
 その後ろを、乗用車が追走している。開かれた助手席の窓からは、クラシックが漏れ聞こえてくる。
 低速で走り続けたそれらは、やがて1軒の家の前で停まった。乗用車が、ゆっくりと駐車場にバックして中に入る。
 完全に停止した直後、運転席から男が出てきた。門へと近づき、表札をじっくりと眺める。

 黒い御影石の表札には、『江夏 Enatsu』と彫られていた。



「——隼人くん!! 隼人くん、いる!?」

 チャイムが鳴るより早く、そう叫ぶ声が聞こえる。読みかけの本に栞を挿み、机の上に置いた。
 この部屋——俺の部屋は2階。玄関に行くより、窓から顔を出したほうが早い。カーテンが揺らぐ窓に近づき、網戸を開ける。

「宮下? どうした?」

 窓から見えたのは、ツインテールの小柄な少女——宮下咲苗の姿。顔には、汗だけでなく若干の焦りも浮かんでいる。

「裏山で誰かが『ディフェクター』の連中に絡まれてる! 聞き覚えの無い声だったから、多分、下の学年か他所の人——」
「分かった。裏山だな、すぐ行く」

 窓を閉め、部屋を後にする。階段を駆け下り、急いで外に出る。
 裏山——正確には学校裏にある、小高い丘だが、そこまでは歩いてすぐ。場所にも寄るが、5分もかからないだろう。
 だが、宮下がここまで来る分と俺が行くまでの時間だけ、ディフェクターに時間がある。その間に、何があるか分からない。

(またディフェクターかよ。あいつら、いつになったら懲りるんだよ……)

 小さなため息が漏れた。
 不良集団『ディフェクター』——自分たちより弱いと思った相手を複数で狙う、卑劣な集団。
 個々はそこまで強くない為、実力があれば振り払える。だが、同等或いはそれ以下なら、ぼこぼこになるまでやられる。
 そんな連中に下級生や、ましてディフェクターの事など知らない他所の人を襲わせるわけにいかない。
 宮下に大体の場所を聞き、裏山へと急いだ。



 走って2分、大きな松が見えてくる。根本まで走ると、荒くなった息のまま、辺りを見渡す。

「この辺りって聞いたけど……どこだ?」

 丘であるくせに、見た目は植物の生い茂る裏山。小さな森と表現してもおかしくないそこは、冬以外は決して見通しが良いとはいえない。
 大体の場所が分かっても、少し移動すればどこにいるかはすぐに分からなくなる。

「宮下にも来てもらったほうがよかっ——!」

 奥の茂みから音がし、思わず身を潜める。どうやら、目的の場所はあの先らしい。

(行こうか……)

 そうは考えてみるものの、何やら様子がおかしい。茂みの音はだんだんと大きく、しかも近づいてくる。
 まるで、複数がこちらに逃げてきているような、そんな音だった。

(複数人が絡まれてるのか? それともまさか、ディフェクターが……?)

 後者だった。茂みから出てきたのは、見覚えのあるディフェクターの人間だった。皆、怯えるように逃げている。
 そんな彼らを追うように、茂みから再び音がした。一体、誰がディフェクターを……茂みの陰から目を見やる。

 ほどなくして、かき分ける音が消えた。見えた人影に、目を移動させる。
 見えたのは、ポニーテールに結ばれたダークブラウンの長い髪。同じ年頃だろう少女だった。