複雑・ファジー小説
- Re: ついそう ( No.1 )
- 日時: 2012/09/16 23:22
- 名前: 揶揄菟唖 ◆bTJCy2BVLc (ID: w93.1umH)
- 参照: https://
+8月25日+
時間に遅れた。もう軽く八分は待たせている。
人ごみをかき分けながら、目的地に向う。
自分の格好とか、汗とかもう気になんかしていられない。僕はあの人を待たせるわけにはいかないんだ。自分から誘っておいて、待たせるなんて男失格だ。
そうだ。うん。急げ。
もう、ここに居る全員を消してしまいたい。もどかしい。もっと速く走れるはずなのに。
人ごみの中で携帯電話を耳に押し付けながら、しきりに『先輩』って繰り返して居る男子高校生とすれ違い、青いリュックサックの女の子を腕で押す。
もう、みんな邪魔だ。退け。僕だけが進めればいい。僕には急ぐ理由がある。
「とーくん、遅い」「彪が早いの」そんな呑気な会話をしている小学生くらいの男女も足で蹴らないように気を付けて、一歩。
ちょこまかと、鬱陶しい。僕だけじゃなくて、他の人の迷惑にもなっていると思う。
僕はさっきの子たちにそんなこと言えないけど。
たくさんの人を押しのけて、やっと大きな鳥居の前に出た。いつもは静かな商店街も、今日ばかりはたくさんの人が集まっている。この賑わいは、明日と明後日で終わる。この夏祭りは経った三日で終わるのだ。
その三日のうちの初日。やっと僕は憧れの戸口さんと約束をした。大きな鳥居の前で。そういったのは僕なのに。
「ごめんっ、戸口さん!」
ずっと大きく繰り返していた呼吸を落ち着けせて、戸口さんの前で頭を下げる。
可愛らしい服を着た戸口さんの脚。
目の前にそれがあって、なんだか嬉しい。
「うーうん、別に。あんまり待ってないし。良かった、来てくれて」
そんなの、当たり前だ。
長い髪を下した戸口さんは、教室で見る時よりももっと綺麗で可愛かった。
そんな事、恥ずかしくて言えるはずもないけれど。
ふと、戸口さんが目を輝かせた。色とりどりの、光。
最初は僕の目が勝手に戸口さんフィルターをかけているのかと思ったけど、違った。
証拠に、戸口さんが僕の背後を指さす。
「花火」
短い言葉でも、しっかりと受け止めて、振り返る。
小さな花火が絶え間無く空で散っていく。その姿に、僕は何だか感動してちょっとだけ声を漏らした。戸口さんの隣に立って、空を見上げる。
幸せだなぁ。良かった。勇気を出して誘って、良かった。
小さな花火は、控えめな音を立てて次々に上がっていく。その様子を、僕と戸口さんは飽きることもなく見上げていた。
アナウンスが入り、次が最後の花火だと伝える。
「寂しいね」
「うん。でもきっと、ずっと続く花火なら、私は見ないよ」
そんなことを言いながら微笑むものだから、それに見とれて最後の花火が咲く瞬間を、見逃してしまった。
光に遅れて、音が響く。小さい時のとは違う、大きな音。大きな花火だからだ。
空を埋め尽くすほど大きな花火が、落ちていく。小さくなって、落ちていく。
耳の奥に残るような花火の音を記憶に刻みながら、僕は戸口さんの手を取った。
『パァァァ———————ン』