複雑・ファジー小説

Re: ついそう ( No.16 )
日時: 2012/10/07 10:26
名前: 揶揄菟唖 ◆bTJCy2BVLc (ID: w93.1umH)



+13+


何かと何かがぶつかる音。結構大きい音だったから、瞼がひりひりするけど必死に目を開く。頭が重いけど、体を起こしてみる。音のした方に顔を向けて、目を擦る。すると、テーブルの脚の近くに三春が座っていた。
昨夜と同じ格好で、僕を見て目を見開いている。体が小刻みに震わせて何かに怯えているように。
僕はゆっくりと立ち上がって、腰のバスタオルを確認する。寝相が良かったのか、取れていない。ひんやりとしたフローリングに足を乗せて、三春に歩み寄る。その僕の行動に、三春は肩をびくりと跳ねる。なんでそんな反応をするのか分からなくて、歩みを止める。でもやっぱりまた歩き出す。そんなに部屋は広くないから、三春にはすぐにたどり着いた。
三春の瞳は僕に向いている。体の震えは止まらない。手を伸ばそうとして、止めた。三春の目線に合うようにしゃがみ込む。

「……三春?」

良く見ると、すごい汗をかいて目が真っ赤だ。呼吸は荒い。目が赤いのは多分、昨日泣いていたからだと思う。髪は何かでぐしゃぐしゃにされたようになっている。後でちゃんと梳かさないと。
三春は唇を噛んで、息を呑む。段々呼吸は落ち着いてきて、汗は引いてきた。

「秋?」

三春の手が僕に伸びてくる。それをそっと、掴んであげた。三春の手は、僕の頬を撫でて髪の間を抜けていく。何だかくすぐったい。

「うん。僕は秋だよ。どうかしたの?」

あくまで普通に接してあげる。三春は安心したように、目を細めて笑った。
不安で仕方がないのかな。僕が消えてしまうじゃないかって思って居るのかな。そうだとしたら、それは間違いだ。僕は三春の側に居る。じゃないと生きていけないから。僕は前の僕を取り戻すまで、三春と一緒に居る。でも。でも、取り戻してしまったらどうなるだろう。前の僕は。前の僕と三春は本当に、恋人同士だったのかな。もしかしたら三春は僕に嘘をついているのかもしれない。それが三春にとってどんなメリットなのかは分からないけど。
三春は僕の質問に答えない。
何かあったことは明白なのに。それを自分の口から入ってくれない。それはちょっとずるいと思う。僕にだって、三春の心配事を話して欲しいのに。

「っ!」

三春の指が、手が。僕の耳を触っていた時だった。それはいきなりすぎて、何が起こったのか分からなかった。でも、三春が僕の髪の中から手を引き抜いた時、なんとなく分かった。
三春の左手の綺麗な指の中。その中には、青いピアスが、赤い液体に濡れて挟まれていた。それを見て、鮮明になっていく耳の痛み。どくどく脈打つ血液。
何やってんだ、コイツ。
尻餅をつきながら、急いで右耳に触れる。血が溢れだしてきていた。暖かい。嘘だろ。
三春は僕のピアスを掴んで、下に引っ張ったのだ。そして、取った。耳たぶを引き裂いて。
痛みと血で手がぬめっていく。花柄のカーペットに、ポタリと血が垂れた。

「駄目だよ。なんでこんな物してるの。こんな物はしちゃダメだよ。あなたは秋なんだから」