複雑・ファジー小説
- Re: ついそう ( No.17 )
- 日時: 2012/10/12 23:03
- 名前: 揶揄菟唖 ◆bTJCy2BVLc (ID: w93.1umH)
+14+
僕は秋だ。僕はいつも秋だ。僕は、秋だ。起きた時から秋だ。三春は僕を秋だと言う。だから僕も僕は秋だと信じた。でも。
今の言葉に何か違和感を感じて、指先が冷たくなったような気がした。
生ぬるい血に塗れて、体温を取り戻し始める指先と、思考。
僕は秋だ。起きた時から。起きる前から、僕は秋なのだ。きっと。保証はないはずなんだ。三春がそう言っただけ。僕は秋だと、ただ一人の人間が言っただけ。それなのに、僕は。
三春の言葉を鵜呑みにして、自分が秋だと疑わなかった。それに今、気が付いた。三春が言っただけ。
僕は、本当に秋なのか?
僕は、誰だ。まだ分かっていることじゃないじゃないか。僕は何を安心していたのだろう。
僕はまだ、僕じゃない。僕はまだ、秋じゃない。
「ねぇ、秋。髪を切りに行こうよ。それと服も買って。秋の布団も買って。食器も買おうか。必要ならシャンプーとか、たくさん買おう。買ってあげるよ」
三春は僕のピアスを指で転がした後、ゴミのように床に投げ捨てた。僕はピアスが転がる音を聞きながら、三春に手を伸ばす。
三春の頬に、血でぬれた指を這わせた。
三春は嫌がらない。何事もなかったかのように、僕を拒まない。
朝、三春は確かに僕を見上げて怯えていた。その理由も聞けないままに、三春は元の姿に戻っていく。三春はもう普通になってしまった。がっかりだ。もしかしたら、まだ僕の知らない三春を見ることができたかもしれないというのに。いつかまた、何か聞こう。
不自然じゃないタイミングで。
「良いの? 三春、僕はここに居ても良いの?」
「決まってるじゃない。良いんだよ。秋の場所はここだよ。秋の居るべき場所は、ここなの」
僕は心の奥で確信をしていた。
僕のこの問いに対して、絶対に三春がノーと言わないことを、どこかで。根拠も何もない。でも、予想は出来ていたし、半分以上の確率で三春が僕を受け入れるということは分かっていた。
三春は、僕と恋人だった。
坂本秋と、婚約を交わしたただ一人の女性。それが三春。荻野目三春。
三春は僕の金髪を指で弄ぶ。それも、三春が僕に好意を持っている証拠だ。
三春はしばらく僕を見つめた後、床に手をついて立ち上がった。僕も、三春に続いて立ち上がる。
「まぁ、最初は服だね。ちょっと待ってて。すぐ買ってくるから」
僕が眠っている間の用事とは、一体なんだったのだろうか。それもまだ聞いていない。きっと、僕に関係することなんだろうな。
三春は僕の顔をじっと見てから、財布を持って部屋を出て行った。
「いい子で待っていなさい」
三春の視線は、そう言っているような気がした。