複雑・ファジー小説

Re: ついそう ( No.18 )
日時: 2012/10/14 10:03
名前: 揶揄菟唖 ◆bTJCy2BVLc (ID: w93.1umH)



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外の空気を吸うと、大分心が落ち着いた。
指先にはまだあの耳の感触と、秋の血が残っている。
黒く変色し始めた、乾いた血液。指と指をすり合わせて、血を感じてみる。カサカサしている。
私はその指への関心を殺して、歩き始める。財布だけをしっかりと握って。
ふざけているのかと、思った。

目を覚ますと、目の前には秋の顔があった。すぐ近くに。穏やかに寝息を建てている、秋の鼻と口。すっかり綺麗になった白い肌。ふわりと閉じられた瞼。
それすべてに、驚いて、逃げるようにベッドから落っこちた。尻を床にうって、ジンジンと痛んだ。心臓も、肺も、脊髄も、全部が熱を持って、すごく痛かった。
そんなことから始まった私の今日は、もしかしたら最悪かもしれない。一日の初めが、あんなことから始まるなんて。

適当に履いたスニーカーを履きなおしながら、私は近くの洋服屋に向かう。
適当な服で良いかな。秋だし。
私の秋なんだから。適当で良いよね。


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私が待ち合わせ場所に行くのは待ち合わせ時間ぴったりで、そこにはいつも秋が居てくれた。秋は待ち合わせ時間の十分前くらいには何時も来てくれている。秋を待たせても、秋は何も文句は言わないから、私は結局秋に甘えていたわけだ。
秋は私に文句を言うことは、滅多に無い。でも、時々怒るし、付き合い始めてから今日までたくさんの喧嘩もしてきた。そのたびに、秋の気持ちとか心とかに近付くことができたし、秋も私の事を知ってくれるようになってすごく嬉しかった。
だから、私たちの道は決して優しい物だけじゃないけれど、それでいて、大切な物を見逃さない、小さな幸せも二人で拾い上げて来た、そんな道なんだ。
初めても秋に捧げたし、私のすべてを秋に捧げてきたといっても過言ではないくらい。それほど私にとって秋は、大きくて大切な物だった。

私は、昨日買ったばかりのブーツで道路を蹴る。
まだまだ気温は低く、衣替えの時期までまだ時間がある。白い息はもう吐かなくて良い、そんな季節。私
は待ち合わせ場所に急ぐ。
今日は、出張から秋が帰ってくる。それで、今日から同棲をする。秋からもらった左手薬指の指輪を見るたびに、幸せな気分がこみ上げてくる。
久しぶりに会う。

電話だけじゃ物足りないの。会うのが、顔を見るのが楽しみなの。

——————それなのに。

「……秋?」

いつも、待ち合わせ場所に居てくれる秋は、その日姿を現さなかった。