複雑・ファジー小説
- Re: ついそう ( No.20 )
- 日時: 2012/10/18 21:50
- 名前: 揶揄菟唖 ◆bTJCy2BVLc (ID: w1J4g9Hd)
+17+
街に出ても、ちっとも懐かしい感じはしなかった。
僕は三春のマンションの階段を降りながら、下に広がる町を眺める。大きな建物は目立たない、都会と田舎の中心のような中途半端な街。
僕は三春を見失わないように、街を見回し続ける。ピンと来る場所はまだない。
「僕はこの町に住んでいたの?」
僕は赤い屋根の家を見上げながら三春に声を掛ける。三春は丁寧に振り返ってきてくれて、僕に微笑んだ。
相変わらず、泣いたり驚いたり笑ったり、忙しい人だ。さっきまで僕に髪を乾かされて泣いていたのに。
僕だからかな。僕との記憶を思い出して泣いていたとかなら良いのに。それでも僕は申し訳ない気分になるけど、嫌がって流した涙とかよりはずっと良い。
もっと三春は僕に不満を言って良いと思う。僕は三春の迷惑になるべくなりたくない。
「うん。私の実家の近くに」
三春はそう言って、再び前を向く。
僕はそんな三春の背中をじっと見つめていた。
三春は、本当に、僕の……。そんな疑問が僕の心臓の周りを渦巻いているのだ。いや、三春はそういうことにしたいとか。そういう系かもしれないし。三春を疑うことは悪いことなんだろうけど、疑わずにはいられない。
そっと、ポケットの上からピアスの形を確認する。あのとき、なんで僕のピアスを否定したのだろう。考えれば、なんで僕は三春の言いなりになっているのだろうか。
僕の意思はどこに行っているのだろうか。
「あのさ、なんで僕、髪を切らなきゃいけないの?」
何となく、というように聞いたつもりだった。それでも、三春は信じられないというような顔をして、振り返ったのだ。そんな顔に少しどきりとする。今日の朝の三春のようだ。
不安定な三春。よく分からないけど、その言葉がよく似合う。三春はその表情をすぐに消した。でも、まだ面影が残っている。まだ、戻っていない。
三春は、コロコロと表情を変える。いや、表は変わっていない。中の、筋肉のもっと奥の、形の無いもの。それが微妙に変わっていっている。
どれが、本当の三春なのだろう。どれが一番、素の三春に近いのだろう。
三春は僕に近づいて、人目を気にせず髪を撫でてくる。三春に舐められているようだ。
僕は、三春のペットじゃないのに。
「秋はもっと髪が短い方が似合うの。それで、金髪じゃなくて黒髪の方がいいよ、絶対」
それは、三春の好みでしょう。僕は秋だ。でも、それ以前に僕は僕だから。なのに、僕は僕のことを決めることができない。僕は僕のことを全然知らないから。
三春に頼るしかないのだろうか。
「……そっか」
思考回路が、完全にマヒしてるなぁ、僕。