複雑・ファジー小説

Re: ついそう ( No.23 )
日時: 2012/10/24 22:45
名前: 揶揄菟唖 ◆bTJCy2BVLc (ID: w1J4g9Hd)



+20+


最後まで何か物悲しそうな顔をした忌屋さんは、無理矢理作った笑顔で僕を見送ってくれた。
忌屋さんがカットしてくれた金髪は、無造作に伸びていたのを感じさせないほど綺麗でおしゃれになった。僕も満足だ。くすんでしまった首の指輪のネックレスを綺麗にすれば、僕は完全にチャラい人だ。派手で今どきの若者って感じ。
僕はとりあえず、三春を迎えに行こうと思って、歩を進める。きっと近くの雑貨屋に居ると思うから。居なかったらまたここに戻ってくれば良い。
そう思って、歩き出した。
そして、店と店の間にできた細い道を横目に通ろうとした、時だった。いきなり腕を掴まれて引っ張られた。僕は身長は高いけど、力は弱い。それに、いきなりの事だったから呆気なく、路地裏に引きずり込まれた。

え、なんだろう。いきなり。物騒なことはなさそうな街だったのに。

僕を引っ張った人物は、僕の胸ぐらを掴んだ。僕よりは背は低い。軽く背伸びをしているから、体勢が辛そうだ。
灰色のパーカーのフードを被っている、短髪の男だった。

「おい、あんた、今までどこ行ってたんだよ!」

そして、僕に唾がかかるんじゃないかと言うくらいの剣幕で、怒鳴られる。その声に驚いた。
僕をじっと見つめて来る細い目の下には泣き黒子がある。短い髪の間から除く耳には、大きなピアスがしてある。
雰囲気からして、なんだか悪そうな人。
僕はちょっと怖くて、声を出すのが億劫だった。

「あの、人違いじゃ……」

か細い声で、一番可能性が高い案を出してみるけど、男の人は首をぶんぶんと横に振った。

「バカ! 背がでっかくて金髪なんて、間違えるはずないだろ!」

短髪の人は、グイッと僕の顔を引き寄せる。

もしかして、じゃあ、僕を知って居る人だろうか。三春以外初めての、僕を知っている人。
僕は何だか感激してしまった。でももう涙は出ない。
さっき忌屋さんの前で泣いてしまったから。

「間違いねぇよ。なぁ、あんた」

男の人は一回落ち着いたようで、咳払いをして僕の胸ぐらから手を離す。息苦しいわけじゃなかったけど、なんか威圧感から解放された気分だ。僕は服の皺を手である程度整える。
男の人は、僕の顔を見上げてから、きょろきょろと周りに人が居ないかを確認した。
そして、聞こえるか聞こえないかくらいの音量で、呟いた。

「アレ、そろそろ返してくれねぇか?」

「え?」

そんな、何も覚えていない僕に分かるはずも無い。答えを返さない僕に、男の人は手を合わせて頭を深く下げた。
僕が『アレ』を返すのを渋って居るように見えたらしい。こんな格好だし、僕は怖い人に見えるのかもしれない。
こんなことを言うのは酷だけど、僕はその人に、事実を伝えることにした。
このまま話を進められても困るからだ。

「ごめんなさい、僕実は、その、記憶喪失になってしまっていて、何も覚えていないんです」