複雑・ファジー小説
- Re: ついそう ( No.24 )
- 日時: 2012/10/26 19:07
- 名前: 揶揄菟唖 ◆bTJCy2BVLc (ID: w1J4g9Hd)
+21+
男の人の手が、また僕の胸ぐらを掴むドキッとしたけど、すぐに離してくれた。どっちかというと、力なく落ちたという感じだ。男の人は口をぱくぱくとさせて顔を青ざめる。
知り合いだったんだ。そして、僕の記憶がないと困るんだ。なんか嬉しいけど、今の僕は批判されている気分でちょっと悲しい。
今の僕は、誰にも必要とされていないのだろうか。前の坂本秋の方は必要なのだろうか。僕は邪魔者なのか。
男の人はがくりと肩を落とす。僕も叱られた子供のように頭を垂れた。
申し訳ない。申し訳ない。僕が悪いんだ。
「マジかよ、マジだよな……雰囲気変わったしな。どうしよう、どうすれば良いんだ」
男の人は僕をちらりと見て、ぶつぶつと自問自答をしている。僕は申し訳無くてたまらなくて、そっと男の人の肩に手を置いた。肩がびくりと跳ねて、怯えたような目で見られる。
なんだろう、その目は。なんでそんな目をされなきゃいけないんだ。僕は悪いけど、僕だって好きで記憶喪失になったわけじゃない。
アレ、本当にそうかな。
もしかして僕は、何か忘れたくて、何もかも失いたくて自分を守るために、記憶喪失になったのだろうか。望んだのだろうか、僕は、この状況を。そんなことは無いと、信じたい。
僕だって辛い。僕のことを知らない状態は辛い。こんな状態を、僕は望んだなんて信じたくない。僕はもっと強いはずだ。どんなことがあっても、自分を捨てることはしない。
絶対そうだ。そんな自分で居てほしい。
「……まあ、思い出したらよ、連絡してくれや」
男はジーンズのポケットから煙草の箱を取り出して、それにボールペンで何か書き始めた。しばらくして、まだ新しい煙草の箱を渡された。
そこには、電話番号が汚い字で書かれていた。
「それ、本当は浦河さんのなんだけどよ。やるよ」
男が言っている浦河さんという名にも、聞き覚えは無い。
僕は煙草の箱をずっと眺めていた。何だか、人とつながることができて嬉しい。
僕は男の人に深く頭を下げた。
「何やってんだ、あんた! 気にすんなよ! 頑張ってってことだよ」
男が照れたように笑うから、僕も釣られて笑ってしまう。
なんか、意外と優しい人だ。この人なら友達になってみたい。もしかして、僕たちは友達だったのかもしれない。
僕は道の奥に消えていく男の背中を見ながら、煙草の箱をポケットに入れた。