複雑・ファジー小説

Re: ついそう ( No.25 )
日時: 2012/10/26 21:38
名前: 揶揄菟唖 ◆bTJCy2BVLc (ID: w1J4g9Hd)



+22+


「へぇ、記憶喪失ねぇ」

あたしはとりあえず、煙草に火をつけて煙を吸い込む。
あたしの前で、灰色のパーカーを着た短髪の男は怯えていた。あたしは別に怒ってなんかいない。ちょっと煙草を買いに行かせただけなのに、こんなに時間がかかったのは別に怒る事じゃないし。
煙草はあたしの心を落ち着かせることができるものだ。灰皿の上にはもう吸殻が山積みになっている。ヘビースモーカーで困ることは多いけど、それほど価値のあるものだとはあたしは思っている。

「上手いこと考えたもんだ」

「いやーマジですって!」

男は慌てているように腕を上下に振った。
ごつい顔をしているけれど、言動や行動にはどこか愛嬌があると思う。あたしはコイツが嫌いじゃない。仕事は遅いが。
あたしはひとまずこの男の話を聞くことにした。

「俺だって信じなかったんですけど、でも、やっぱり違う奴ですって!」

男はあたしを刺激しないようにちらちらとあたしの顔色を確認してくる。男の話を途切れさせないように、できるだけ柔らかい顔をした。男は安心したように喋り続けた。
それで良い。人の話を聞くのは嫌いじゃない。どちらかというと、自分はあまり喋ることが得意じゃないから。
あたしはテーブルに頬杖をついた。煙草を歯で軽く噛む。

「雰囲気っていうか、もう別人って感じがしたんです!」

あたしは軽く相槌を打つ。
ちゃんと聞いているかどうか、よくあたしは確認される。信用がないよな。本当に。あたしも、人を簡単に信用したりなんかしないけど。

あたしから『アレ』を買い取った金髪の青年は、『アレ』を何に使ったのだろうか。
客の私情は知らないし出来れば知りたくないけれど、その客が記憶喪失となると話は違う。初めてのことだ。異例の事態だから。前代未聞だから。
さて、あの金髪は『アレ』が原因で記憶を失くしたのか、どうか。
あたしでも興味が湧いてくる。

「だから、アイツ嘘はついてないっすよ!」

最後の最後まで、興奮状態の男が語り終わった。
あたしはまだ吸える状態の煙草を、灰皿に押し付ける。火が消えた。煙が上り、部屋を汚していく。
あたしは立ち上がり、椅子にかかっていたコートを手に取った。
もう夏は終わり、秋が顔を出したからだ。寒いのはどうも苦手だった。

「じゃあ、今住んでいる場所は聞いた? 自分の名前は分かっていた? 誰かと一緒だった?」

あたしの質問攻めに、男は口を開けて、閉じた。そして、俯く。
別に責めた訳じゃない。でも、それくらいは聞いてきて欲しかった。

あたしが知りたいだけ。あたしはあの金髪のことが気になるわけじゃない。
ただ、金髪の身に何が起こったのか、知りたいだけだった。