複雑・ファジー小説
- Re: ついそう ( No.29 )
- 日時: 2012/11/16 15:59
- 名前: 揶揄菟唖 ◆bTJCy2BVLc (ID: w1J4g9Hd)
+26+
ぐいぐいと引っ張られて、おとなしくついてきたのはとあるバーだった。
まだ昼間だし、お酒を飲む人なんて居ない。店内はガラガラで、暇そうに一人の店員が適当に挨拶をしただけだった。
知らない英語の音楽が店内に響いているものの、人が居ないせいか凄く静かに感じる。すごく、落ち着いた。
どかりと女性らしくない荒々しい動作で、女の人は席に着く。暇そうな店員の前のカウンター席だった。
僕は良く分からなかったから、一つ席を開けて座る。
女の人は、遠慮をする様子もなく、カウンターに煙草を押し付けた。バーテン服の店員は、それをもう慣れているかのように吸殻を拾い、雑巾でテーブルを拭く。
女の人は次の煙草を取り出した。
そこで気が付く。
この人が吸っているのは、この間の灰色のパーカーの男の人が僕にくれた煙草と、同じ。
「うん。こんなところまで連れてきて、ごめんね」
女の人は煙草の煙を吐き、そしてこちらに笑いかけてくれる。でも、自然じゃない笑顔で、なんだか恐い。というか、笑っていない方が美人のような気がする。
女の人は軽くパーマをかけた黒髪を揺らしながら、注文もしてないのに出てきたお酒を受け取っている。
「ここ、あたしの行きつけなの」
だから、勝手にお酒が出てくるのだとそう言いたいみたいだ。
僕の方をちらりとバーテン服の人が見たので首を振っておく。お酒を飲む気分じゃ無い。
多分僕は二十を超えているだろうけど、お金も持ってないし。
一気にグラスの中身を飲み干した女の人は、僕の方を向いて、何やら難しそうな顔をする。
僕は思わず顔を覆った。そんなにみられると、さすがに恥ずかしい。ぷっと噴出した女の人は殺したような声で笑った後、僕に右手を差し出してきた。
「あたし、浦河聖」
浦河聖さん。
あの灰色パーカーの人が言っていた人だろう。煙草で納得できる。
僕は少し躊躇ったのに、浦河さんが無理矢理手を重ねてきた。白くて長い指は女性のもので、なんだかドキドキする。
ヒールのせいで僕とあまり背が変わらないから、三春より子供っぽくないし。
ただでさえ、なんだか三春は幼稚だ。服とか。見たわけじゃないけど、体とか。膨らみがなぁ、足りないんだよ。
失礼なことを考えているな、僕。
「僕は、」
「秋くん、でしょ?」
正直言って、偽名で答えようと思って居た。
初めて会った人だし、なんだか怪しいし。美人過ぎると、なんだか裏がありそうで怖い。なんで、僕をこんなところに連れてきたのか、全く分からない。
自己紹介をしたということは、もしかして。
「あたしは、貴方が記憶喪失だって知っている」